離婚後の仕事探し職務経歴書。再就職に正社員不要説/会社退職1年③

◆仕事・就活・転職のはなし

今回は、バツイチ子持ちの私が2018年に会社を辞めて、半年で会社員給与を超え、現在までの1年間を振り返るシリーズその③です。今回は「会社を辞める」という選択ができた最後の理由についてお話しする前に、私の離婚後の壮絶な転職・再就職体験についてお話したいと思います。

それはそれは壮絶ですw

  1. ◆この「バンジー退職」を選べた背景<ここまでの話>
  2. ◆「バンジー退職」選べた背景最後の理由の前提となる話
    1. ◆「国際的な男女の家事分担のグラフ」と「フルタイムで働く男女の家事頻度」から見る日本女性が会社と相性が悪い理由
  3. ◆私の離婚後のバツイチ子持ちの仕事探し・再就職「正社員」獲得の就活&職務戦歴(就職氷河期・団塊ジュニア世代)
    1. ◆仕事探し1社目:離婚後最初の就職先は超絶ブラック不動産企業!給与未払い
    2. ◆仕事探し2社目:生命保険会社は「人生」と「魂」を捧げて仕事しなければならない。
    3. ◆仕事探し3社目:ワイキャイ学校の部活のような仲良し会社「隠れブラック企業」
    4. ◆仕事探し補足)4社目決まるまでの間:「派遣」という雇用形態は、最も健全だった
    5. ◆仕事探し4社目:「成熟度」は高いが「給与」があまりにも低すぎる銀行
    6. ◆仕事探し5社目:理想的な会社へ辿り着けても「たった1人」のパワハラに潰されることもある
  4. ◆仕事探しで「会社員」という生き方を「やめる」という選択肢は皆持っているのに選ぶことができないのはなぜか?会社辞めたいでも辞められないのはなぜか?
    1. ◆親から世代の常識を刷り込み教育され、呪縛のように「正社員」を死守している団塊ジュニアは「死の危険に瀕しても」会社を辞められない。
    2. ◆仕事探し:会社員を辞められないという「思い込みの常識」による呪縛

◆この「バンジー退職」を選べた背景<ここまでの話>

 

こんにちは。中野カンナです。

毎日寒いし、会社辞めたので365日休みなし(爆)で、なかなか冬場はしんどいですが、皆様はいかがお過ごしでしょうか。

 

とりあえず、
時間感覚的にはまだ9月半ばくらいに居るイメージです(笑)

 

えっw

 

さて、今回は前回記事である『会社辞めて1年シリーズ②』の続きの回で、最後の「会社員辞める理由」「バンジー退職を選べた背景」④の前段階としての「離婚後の職務経歴」についての投稿となります。

 

ここまでのお話は下記リンクをどうぞ。

■会社辞めて1年シリーズ①はこちら

■会社辞めて1年シリーズ②(バンジー退職を選べた背景①~③)はこちら

 

 

◆「バンジー退職」選べた背景最後の理由の前提となる話

 

『会社辞めて1年シリーズ②』「バンジー退職を選べた背景」③に記述した通り、私自身は2018年秋までの約15年間この国において「育児」「会社勤め」は非常に相性が悪いと思い続けていました。

 

 

それは実際に数字としても直近で出ていて、結構衝撃的なものとなっています。

 

 

◆「国際的な男女の家事分担のグラフ」と「フルタイムで働く男女の家事頻度」から見る日本女性が会社と相性が悪い理由

 

2019年3月に『PRESIDENT WOMAN』の記事では、ちょっと、日本社会ではビックリするような「国際的な男女の家事分担のグラフ」(図表1)が発表されています。

 


画像:PRESIDENT WOMAN

 

(妻の家事時間)―(旦那の家事時間)というグラフ。

 

日本では圧倒的に女性が、自分の人生の時間を使って家庭内のほとんどの家事を請け負っている状況が如実に分かるグラフであり、また、ここまでの性差のある日本は特殊な国かもしれないという事が分かります。

 

また、次のグラフもなかなか衝撃的内容です。

 

 

日本男性が一人ならやるし出来るのに、「家庭内に女がいると家事をしない」というデータ。特に配偶者以上に母親がいると最悪な状況に・・・。

 

日本男児の
深刻なマザコン問題
とも関係がありそう(笑)

 

でも、
現代の男性が家事をしないのは、一般的にはたぶん、女性である母親の影響が大きい…。

「女性の成果物」

だけど、それももっともっと先には、その母親の夫である男性が「家父長制度的価値観」があるから。もっと言うとその男性が育った家庭がそうだから・・・。

ね、根深い・・・。

 

今回はでもココの話ではありません(笑)。

言いたかったことは、男性も女性も現代の問題の本質を相手へ擦り合いしても全く解決に結びつかず、やっても仕方がないってこと!

 

女としての人生を悔いるご近所さん・K夫人のお話↓

子育てと介護を終え、旦那を看取った昭和女性・K夫人の門出の話
「昭和の女性」が迎えた子育て、母親の介護、旦那をみとったその後の門出。令和のひとつの生き方についてのお話です。私の実家のご近所に何十年も住まわれていたK夫人が引っ越した話の「後編」です.

 

とりあえず、「誰のせい」はちょっと横に置いておいて、もろもろの問題から、

そら、女性たち
働けないわよね、と(笑)。

 

 

核家族社会になった今、子育てが女性に全てのしかかり、圧倒的なワンオペになるのは当たり前。よって、社会が「子供を持っている女性は戦力にならない」と思うのも当たり前。

 

だって、実際に子供が熱を出した時に
迎えに行くのも、病院へ行くのも、休むのも母親から。

 

旦那さん達の言い分はこうでしょう。

「所得の低い方が休んだ方が全体の損失が少ない。」

 

私は、そういうタイプの旦那さんと結婚してしまったクチなので(笑)、うっかり寿退社をした時点で、私の当時のぶら下がり体質からすると、夫婦関係は半分「詰んでいた」のだと今は思います。

 

夫婦間だって資本主義。
選択肢が無い者は
足元を見られ支配される。

 


この意味は、今回の記事の後半の内容で、私が腑に落ちたことでもありました。例外的な家庭や時間をかけて築いた夫婦のカタチ、信頼を確立している成熟したご夫婦関係もあるでしょうが、相手も自分も相当人格者でない限り、出産適齢期となる若年期までに、ここまでの精神性を成立させるとなるとなかなか難しそうです。

 

出家さん
出家さん

滝行あっての慈愛の精神でございます。

 

まあ、そういうわけで、女性の結婚後産後の再就職はとてつもなく条件が悪くなり、社会的価値としては「墜落」と言っていいほどの価値暴落を起こしていることに私自身、結婚後の仕事探しにおいて気づいてはいました。

でも、この時はまだ危機感もなかった為、「なんとなく」でした。

 

男性の「育休問題」取得問題はこちら↓

国家公務員男性の育休取得でイクジなし夫は悪・イクメンは正義に?
男性の育休取得が正義に?国家公務員の原則1ヶ月超の育児休暇取得を促す今後の指針の検討がされているというニュースがありましたので、9年前にワンオペ育児に倒れた後、家族解散した立場のの視点から考えてみました。

 

◆私の離婚後のバツイチ子持ちの仕事探し・再就職「正社員」獲得の就活&職務戦歴(就職氷河期・団塊ジュニア世代)

 

そして離婚後。

キタ――――!!

本当に血を吐くような想いで就活を繰り返し、働くことができた会社は5社私は、離婚後、5社も所属しましたよw

 

本当に「就活」もその後の「就業」キツかった!

 

■私の離婚までのお話はこちら↓

離婚を決意させた311東日本大震災当時の妻の心境を振り返る
離婚を決意するきっかけとなった311東日本大震災当時の夫婦関係、結婚生活での妻側の心境を振り返るお話です。別れに突き進む思考回路を8年半経った2019年の今、回想します。

 

なぜ、このような転職劇となったかは次の職務経歴の各項目を読んでもらえれば何となくわかるかと思います。正直、コレを本人の資質の問題と言われてしまうのが「社会」というものなので、

 

5社の最後にようやく、もうココとバランスよくうまくやっていこうと思うのは、どう考えても私には無理なんだ、ということがさすがの私でも腑に落ちました。(もっと早く腑に落ちて欲しかったw)

我ながら、
今思い出しても本当に死闘。

 

■未経験でもWEB業界に挑戦したい!【.pro】

 

◆仕事探し1社目:離婚後最初の就職先は超絶ブラック不動産企業!給与未払い

 

初回からやってしまいましたよ(笑)見事な大転倒ですw

大手ではなく、個人投資家に近いいわば個人営業のような会社を選んでしまった理由としては、その投資家(夫婦)には生まれて間もない1歳児がおり、色々と育児の大変さも体験していることから「こちらの育児の都合にも柔軟に理解を得られそそうだから」というものでした。

↓こんな感じ↓


画像:https://matome.naver.jp

 

今思えば、
ヤバそうな臭気は
最初からプンプンしていました。

 

出社すると、朝からシャンパンを開けているご夫婦。
私の仕事の中には、散歩に連れて行ってもらえない夫婦のゴールデンレトリーバーの朝夕の散歩までありました。(最後は私のデスクの下で昼寝するほどワンコには好かれていた)

 

その夫婦も、ちょっと大前提で組み合わせに違和感もありました。言い方は悪いですが、財産以外の魅力が正直全く見えない若干ヤバめな男性と、たぶん元ホステスと見られるキレイ目でスレンダーではっきり物事を言う若い女性というご夫婦。

↓こんな感じ↓

 

でも、私は離婚したのだし、自分には「仕事も相手も選んでいる場合じゃない」という気持ちが元々あったので、不動産知識を使っていける仕事で子供がいても雇ってくれるというなら、他はどうでもよかったのです。

やな空気も、傲慢な空気もガン無視で働くのみ。
お給料さえもらえれば、それでよい。

はい、その内容を早速見ていきましょう!(笑)

 

1社目(勤続期間 半年):不動産業者(売買)個人投資家に近い人物の不動産会社>

給与業務内容、自分の専門分野である「不動産」に関わる(そして営業職でないこと)という事を優先して就活開始。

超絶ブラック企業。
給与が給料日に支払われないことが殆ど、ほかの従業員たちも今月の給与が支払われるか毎月ハラハラしている状況。

最後は昼食後に社員全員にお酒を飲ませた後、私に「車を運転しろ」と左ハンドルのベンツの飲酒運転を強要してきた。そもそもペーパードライバーなので断ったところ、
「オマエ明日から来なくていいから。」との話。

最終月の1ヶ月分の給与と交通費は未払い内容証明を送ったがそれもスルーされ、もう不幸な価値観の人間と関わりたくないので給与に関しては諦めることに。

私としては自分の給与よりも、これ以上シングルマザーが食い物にされることを阻止したかったため(シングルマザーばかりが雇用されてきていたらしい)違う形で大手求人あっせん企業ハロワ労働基準監督署への内容共有と業務停止へ追い込む活動を行うことに。相手方はその3年後には都庁で確認したところ倒産していました。しかし、汚れた会社の名前を変えただけかもしれません。
(★一方、社内従業員建築士に仕入れ土地の選び方の基礎を学ぶことができた)

 
一社目から、毎月給与が貰えるかどうかハラハラしたり、辞めた後にも内容証明を送ったり、(直近で養育費の調停がようやく終わって、働き始めたばかりだったので本当にゲッソリしました。)
 
わたし、呪われてる??
 
とちょっと思いました(笑)。
 
「お給料さえもらえれば、それでよい」と思って、働き始めたのに、
お給料も貰えなかったよw
でもまあ、勉強にはなりました。
 
◆学びその①:自分の直観が感じた異臭は結構大事。お金持ってても、幸薄い感性の人間には近づかないこと。ハローワークにあるからといって「いい求人」とは限らない。
 
ここの企業はハローワーク+地域の大手求人誌での求人を行っていました。私が求人情報を見つけたのはなんと「マザーズハローワーク」でした。ハローワークは詳しく知りませんが、雇用を確定した場合、雇用主側に何かしらの金銭的恩恵があるのではないかと思われます。その為、この会社はマザーズハローワークでなかなか就職先が決まらないシングルマザーを割と好条件であることをエサにどんどん回転させるように雇っては無理を言って辞めさせ、食い物にしていたわけです。
 
私自身もこれ以降での就活地獄でも何度かハローワークも行きましたが、ハローワーク求人は民間の職業あっせん企業の持つ求人情報に比べ、だいぶ雇用主側の「信用」があまい印象が否めませんでした。
 
但し、ハローワーク求人にはその会社の裏事情の記録もあったりして、こちらから尋ねれば記録があればそれを情報として事前に手に入れることもできます。
 
 

◆仕事探し2社目:生命保険会社は「人生」と「魂」を捧げて仕事しなければならない。

 

もう絶対に給与が貰えるかどうかが不安だったり、貰えないのは嫌だ!(そりゃそうだw)と思った私は、不動産業に固執することはやめ、倒産する可能性が限りなく低く、シングルマザーが活躍する業種であったこともあり、大手の生命保険会社に腹を決めて就職しようと決意、就職します。
 
 
 
 
不動産にこだわらないと言っても、「保険」「不動産」は割と近くにあるモノであるため、不動産知識や法律的知識が生かせる可能性が高いというところも大きな理由でした。はい、その結果を見ていきましょう!(笑)
 
2社目(3か月)某生命保険会社>

ほぼ勉強してツカエナイ資格とって退社した印象。完全に今回は私の方が報酬の貰い逃げ状況という気がして申し訳なかった。

退職理由としては、友人や親族、関係者に契約をさせなければならないような社内圧がとてつもなく大きく、私には自身の精神性として業務を肯定するまでの熱意がこの仕事に対して無いと思った。生保は今考えても、個人的には最も業務自体にストレスが高かった。

(★退社後に子供の為に自分の生命保険を掛けたのが唯一の利益。他社だけどw)

 
就職して3か月間は殆どが「生命保険販売者」としての精神刷り込み教育と、愛社精神の刷り込みと、商品や保険に関する知識の導入販売者としての資格やFPの資格取得を目指すための期間でした。
 
 
また、結局のところ一般人相手の「営業職」なので、「一般人」が「仕事をしていない時」でないと、なかなか話も聞いて貰えないだろうな、というところで、日祝休み、土曜は隔週休みと会社からは言われてはいましたが、おそらくその「休日稼働」は避けられないということも嗅覚で感じました。これは、やり手ウーマンには工夫ができるのかもしれませんが、小さい子供がいる家庭にとっては色々な意味で難しい条件となると思います。
 
◆学びその②:ネットワークビジネス的なものは心底「洗脳されている」か心から「正義・使命感」でやってる商品に対する熱量の高い人間にしか向かない。

そうでないと、「人生」「魂」を売ることになる。

(私のように物事の「正義」「悪」の境界線があいまいで、全般、世界がグレーに見える視覚のタイプには向かない。)

◆学びその③:「一般人」相手の営業職は、企業が土日祝日休みであっても、多分「実質稼働」。

 
私が所属したのはその保険会社でも選りすぐりの精鋭をつくるための特別な部門で、給与も他の部門よりも優遇されており、その代わり面接も3か月ほどに及ぶ激戦でした。籍を確保するのもかなりの倍率。「安定」と「給与」、この立場を得る為に掛けた「時間」、次を決めるまでの「時間」を考えると、続けるのも地獄、辞めるのも地獄といった気分でした。
 
お金を稼ぐって
本当に本当に苦しい。
 
中野カンナ
中野カンナ

うっかり離婚してしまったという、事の大きさを知ることになりました。

 
【余談】余談ですが、私はこの会社退職後(次の就職先が決まった後)に娘の為に自分の「生命保険」にようやく加入し、掛け捨てではありますが、娘が30歳になるまでに私が他界した場合に、彼女の選択肢が十分守られるであろう金額を貰える状況を整えることができました。
 
なんだか、とにかく
これだけは
とてつもなく、ホッとしました。
 
 
そういう意味で、「生命保険」というのはこの社会の為になっている商品であることは間違いないですし、使命感を持って働かれている人も多くいらっしゃると思います。尊い仕事です。
 
そして、離婚して片親となった養育者側の方は、色々とお金の問題を抱えている中で考えるのは大変だとは思いますけれども、万一の時に子供の未来を守る為の生命保険加入についてはできるだけ早い段階で検討することをお奨めします。
 
 
ホントに
分の根底がホッとする。
 
ご自身の気持ち(安心・自身・心配ストレスの軽減)の為にも金額や内容も含めて十分に準備されることをお奨めします。但し、日常や人生を害さない金額。もしものために高い金額の保険を掛けたからと言って「生きている時間」が害されてはたまりません。
 
生命保険はもちろん子供の為ですが、自分の幸せを支える力とも言える気がします。私が「掛け捨て」を選んだことも理由ですが、安心・安全・安定が無駄に高くつく我が国において、これだけの「安心」が買えるということを考えた時に、それを手に入れる金額もさほど高くはないと私自身は感じています。
 

 

◆仕事探し3社目:ワイキャイ学校の部活のような仲良し会社「隠れブラック企業」

 

2社目の撤退から再度、原点に戻って、自分にとって比較的他人よりできる事であり、熱量の多いもの、つまりは「不動産」「法律」に関わる仕事でやっていくことが大事だという考えにUターンした私(笑)。その結末もなかなかです。
 
 
ブラック企業→生命保険会社(割と色々厳しくて細かい)から来たため、最初、会社の雰囲気はメチャクチャよく感じました。風通しがいいイメージ。
 
精神的圧低めで
自由度が高い雰囲気。
 
そして、その結果はこうなりました。
 
3社目(3-4か月):不動産業(売買)と不動産・法律系広告営業会社>

業績ウナギのぼりの部活みたいな経営陣も社員も若手の会社だったが、残業が最大11時まで延びるような隠れブラック企業、面接時に約束された試用期間終了後の正社員給与の金額が約束と異なり、交渉したところ渋った為、成長中だろうが「社員との約束を守らないトップの企業」と判断し、退社。

今思えば、どちらにしても育児や残業時に子育てを依存することとなる私の母親とのバランスが崩れて、先の地点で退社していたと思う。

でも、当時は自分はここまでの2社でダメだったという失望感の後でもあり、僅かの可能性でも正社員として働ける希望に掛けて無理をして懸命に働いていた、と記憶している。数年後企業は10倍くらいの規模に成長していたが、トップの資質を知っていたため、全く悔いはない。

(★不動産知識、司法書士の勉強を生かすことができ、さらにWEB広告の当時右肩上がりの業種の最先端を見ることができていた。キーワードや上位表示の目線など。また、不動産において融資、評価の目線を知っておくことがとても有利というイメージを持てた。)

 
どこか変なところで体育会系の団結を求めるような空気感が経営陣からあり、やたら無駄な社員のパーティ(毎月、その月の誕生会がある)があったり、とにかく「部活のように楽しく」長時間に及ぶ時間拘束が目立る会社でした。
 
仕事だけでなく、意味不明なパーティに参加しないといけない為に、
私は母親なのに、娘が寝る前に帰れない。
 
子持ちが継続して働けるステージにまで
会社が精神的に成熟していない状況。
 
そしてその時の私には、その会社の経営陣が、企業戦略として、働く若者が「時間を向こうから喜んで差し出してくるように仕向けている」構図が見えました。
 
 
「タダで。」
 
 
これは、私の新卒御入社した広告会社がまさにそうでした。若者にとっては「時間」はタダという認識でいる人も多く、楽しければいいという層も多いことから、企業はそこを狙って最大限取りに来ます。新興系の成長企業、独身者の多い若い企業は、

時間に融通をきかせられる立場にある若者のがんばりを
「当たり前」だと思って搾取しているところがある。

 
 
そら、成長するよね、人件費タダみたいなもんなんだから。
こういう会社に居ても、経営者でない限り幸せにはなれない。
 
◆学びその④:経営者が若く、独身の若者が中心の会社は「企業としての成熟度」が微妙。結婚後、産後の人生ステージを考えていない「その場限りの利益」を作るための経営を行い、若者の時間を最大限搾取して利益を築いていることもある。その場合、利益が出るのは当たり前。支払うべきものを従業員へ支払っていないのだから。
 
中野カンナ
中野カンナ

もう、この辺りでだいぶ「お先真っ暗感」が重くのしかかってきます。

 
 

◆仕事探し補足)4社目決まるまでの間:「派遣」という雇用形態は、最も健全だった

 
ココまで3社の面接~退社迄を繰り返した結果、私はあまりにも多くの時間とエネルギー、自信を失っており、その間に給与が発生しない時間もそれだけ多くなりました。
 
泣いてる場合じゃないけど、
もうホント泣きたい。
 
両親からも「うちの娘はどうやら堪え性が無いらしい」と完全に思われているのを、自宅でひしひしと感じ、「そうではないと思うんだけど、もしかしたら自分はそういうダメな人間なのかもしれない。」とも半分は思い始めていました。就活や失業のダメージと同じくらい、そうした親からの負の感情やや、自分が自分に対して抱く負の感情は大きな消耗になりました。
 
こだわってるから働けないんだよ?
でも、ココまでの内容って、こだわるべきとこじゃない??
 
そういう葛藤。
 
叙情さん
叙情さん

この頃には内側の人たちも全員、寝たきり状態でした。

 
ダメな人間なのかもしれない。
 
本当にこの時期は、面接や求人情報を集めに朝外に出た時に、会社へ足早に通う人たちの姿が神々しく見えました。
 
「この人たちはみんな全員、会社で働いていて、人から居場所が貰えていて、通う場所があって毎日働いているんだよなあ。凄いよなあ。この人たちにあって、私に無いモノって、いったい何なんだろう。私はこの人たちより何が劣るんだろう。
 
そんな事ばかり考えていました。
 
 
そして。
 
ココまでの戦歴で分かったことは、何だかんだ、「給与が安くても確実にもらえて、長く働ける方が結果的に良い。」これがここまでの結論でした。継続して働くことが出来なければ、どんなに条件の良い待遇であっても、長くはそれを維持できないのです。
 
長く続けられないということは、退職~次が決まるまで「給料がもらえない時期が発生する」という事です。そして、退職履歴だけが重なり、次がますます決まりにくくなるということです。
 
無意味w
 
早く仕事を見つけたい気持ちは山々でしたが、一旦落ち着いて、大手の斡旋業者ではなく、中小規模の職業あっせん事務所への登録を行いました。これはたまたまですが、「組織」を選ぶ方法においては私がとってきた方法の中では結構いい選択でした。(会社で働くという意味ではの話)
 
中小規模の職業あっせん事務所は、大手企業の特別な部門、質の良い「独占的求人情報」を結構持っているように感じましたし、1人に掛ける熱意が大手の職業あっせん会社に比べて真剣だと感じました。1人の就職先を決めることが中小の職業あっせん事務所にとってはとても大きいことだからだと思います。
 
【銀行勤務が決まる前に1社「派遣」

ココの中小規模の職業あっせん事務所に辿り着くまで、私はさらに1社「派遣」という雇用形態の半年契約で働いています。きちんと働ける会社が確保できるまでの繋ぎとして働いていました。とある製品の辞書のようなマニュアルをワードでひたすら作るチーム制の仕事でした。

その後、銀行が決まったため、契約満了で終了でしたが、この仕事の際に、正社員として働かないか?というまさかの打診を貰い、だいぶ迷いました。しかし、たまたま銀行での採用の内定が取れた後だったためお断りしました。(正直、今考えるとこちらの道を選んでいた場合、未だに会社勤めを継続していたかもしれませんw)

また、私の社会人履歴の全てから考えても、「派遣」という形態で大手企業で働いた半年間が最も精神的に健全でしたw オーバーワーク皆無であるこの働き方は、一見、正社員と比較すると月額給与やボーナスなしの意味で見劣りはしますが、「副業」との兼業を考えた時にはアルバイトやパートに比べて給与も良く、社会保険にも入れて有給も状況によっては取れる可能性があるのでかなりアリな選択肢のように今は思います。

また、私のように思いもしない場面で「正社員」ということもありうるのだと思いました。正社員は、なってもあんまりいいことなかったですけどね(主観)

 
◆学びその⑤:派遣という雇用形態はオーバーワークなく健全。ビジネスを構築するまでの兼業としてかなりアリ。
 
 

◆仕事探し4社目:「成熟度」は高いが「給与」があまりにも低すぎる銀行

 
3社+派遣を辞めておいてなんですが(笑)、次の面接でここまでの退社理由、転職回数についての理由を納得してもらうのもだいぶスキルがいる・・・という気持ちになりました。
 
数年間で3社辞めてる自分w
ココまでの短期間、退職履歴ってすごいよなあ。

夢見てる気分w

 
中野カンナ
中野カンナ

映画見ているような錯覚がおきます。

 
幸い、この部門を紹介してくれた中小職業あっせん事務所の方と銀行側の面接担当者私自身の3者の相性がたまたまかなり良く、
 
私自身が都心部の地理に強かったこと(業務的に有利)、筆記試験や資格なども採用に大きく反映して貰えたこと、当時のその部門の人員が引退間近のベテラン年齢層が多すぎて若手(この部門では最年少だったw)が不足気味だったこと等から、これまでの寒気のするような職務経歴書も、退職履歴も1回の直接面談で奇跡的に挽回が出来ました。
 
合理さん
合理さん

作戦会議が続きました。

 
「自分が雇い主だったとしても、こんな短期間にこれだけの企業とダメだった人間を採用しようとはあんまり思わないよなあ・・・。」そんなことを我ながら思っていた私でしたが(笑)←もはや自分のことだと思えないくらいの悪夢だったため。
 
やってみるものです(笑)。
 
 
4社目(3年):某都市銀行 不動産担保調査・評価部門>

銀行だけに、圧倒的にもろもろ保守的でツマラナイが(笑)ようやく業務的にも、社内の雰囲気としても長く働けそうな今までにない安心感ある空気感があった。

企業も従業員も年齢層が高く、基本資質が成熟している人たちが多かった。ここまでの3社で相当疲弊していたため、給与はとてつもなく安かったが(「銀行」という看板代)、とにかく継続して働ける環境に身を置きたかった。

そして、ここで「銀行の不動産担保評価部門」としての評価基準、融資の目線を習得すれば、「銀行の看板代」も回収でき、必ず次の「不動産会社」できちんとした給与を得られるような「欲しがられる人材」「強みになる」という確信もあった。

3年が経過し、かなりの数の不動産(年間900件前後)を実際に担当評価した経験実績ができ、あまりにも安い給与にも、これ以上は時間を割けないと思ったことと、銀行自体が副業禁止であったため退社。(★この時に副業をしていればというタイミングだが、意識は既にタッチしていたことになる。)

 
どのくらい給与が安かったかというと、私が高校生の時にひと夏、ガンガンバイトして稼いだ金額+数万円と言うような、金額でした。そして情報漏洩防止の意味で、従業員は副業禁止。子供が小学生の段階でこれでは、中学生、高校生、大学生となった時、とても暮らしていける金額ではありません。
 
◆学びその⑥:名前のある会社が持っている「看板代」は給与から控除され、高くつく。
古い会社は成熟度は高いが、コネや権力争いの縦社会が男性社員の間で残っており、昭和的悪習慣も強く残して日々没落へ進んでいる。(←女性だし出世コースではなかったので関係なかったけどw)
 
成熟度は高く、一見平和な顔だけど、
従業員の未来は「そんなの知らない」という
無責任な姿勢で経営している「銀行らしい」考え方。
 
 
従業員幸せにする気なんか
銀行は皆無w
多分、ココだけの話、
預金者のことも そうだと思うよ(爆)
 

 

◆仕事探し5社目:理想的な会社へ辿り着けても「たった1人」のパワハラに潰されることもある

 
5社目に私はとうとう、社会人生活で最高の会社へ辿り着くことが出来ました。小さな会社でしたが、自分のここまでの数少ないスキルを目いっぱい活かすことができ、興味ある分野、長く働くことがギリできそうな条件と頭が上がらないほど母子子育てを理解して下さった待遇でした。
 
 
 
不動産会社については、元夫も不動産会社に属してその後不動産会社を経営しており、さらに私自身も不動産会社と多角的に関わって仕事をしてきたため(夫の会社の内部事情・実家大家の立場・同業者の立場・銀行の立場・就活、従業員の立場、もと敷金返還でモメた賃借人の立場、法律上の勉強での絡み等)その独特の「空気感」や「内情」がここまでにおおよそ分かってきていました。
 
そして、私の入った5社目の会社いかに「不動産業界」において健全でクリーンな会社か、とてもよく分かっていました。そして、その価値を痛感してもいました。
 
 

やはり、会社の資質は
経営陣の人間的資質だと思う。

 
まだ会社での戦力となる前から、資格の手当て子供に対する手当まで入社直後から毎月つけてくださり、社長は毎年私の子供へ「お年玉」までくれました。
 
とにかく、サイコーの会社にここまでの苦労をしてようやくたどり着いたのに「たった1人」の人間に私が個人的に嫌われてしまったことによって、結局、退職へ追い込まれることになります。
 
5社目(3年):不動産会社 売買・リノベ・商品化・管理・賃貸>

人生最後の所属会社。本当に感謝しかない。業務としても様々な経験をさせてもらった。給与も待遇も離婚後、最大の評価をしてもらったと思う。パワハラ回の話に出てくる会社。

(★物件を通して仕入れ~から商品化、管理、賃貸、出口となる売却までトータルの流れを知ることができた。前職の調査・評価・に加え、精巧な売買契約書、重要事項説明の作成までを補完できた。但し、副業を成立できるような時間的・肉体的・精神的余力は皆無。)

 
でも、ココでのパワハラが、
「会社組織へ属して生きる」という
無意味な執着を
私の中から全て消し去ってくれることになります。
 

※この会社での「学び」は書ききれないので、こちらの記事をご覧ください。
ここまでの離婚後の職歴を見て貰えば分かるように、私はバツイチ子持ちでまだ小さな娘を抱えていたため、娘の将来と自分の余生を考えた時に「正社員死守」という考えが長年大前提としてありました。

 

 

◆仕事探しで「会社員」という生き方を「やめる」という選択肢は皆持っているのに選ぶことができないのはなぜか?会社辞めたいでも辞められないのはなぜか?

 

ずっと「会社組織に属することをやめる」というが選べなかったのはどうしてだったのか?今でもすごく不思議なのですが、ここまで、幼少期から精神的な縛りを社会や周りの大人(特に親)からかけられていたからだと思っています。

 

正社員不要説はコチラにも↓

会社退職しないで副業構築!AdSense収益を出す為の後出し案
会社を退職せずに副業構築としてGoogle AdSense 収益構築することにあたって、どんな事に気を付けてトライしていったらよかったか、どんなやり方がベストだったか?ということを後出し案として振り返って考えてみました。

 

◆親から世代の常識を刷り込み教育され、呪縛のように「正社員」を死守している団塊ジュニアは「死の危険に瀕しても」会社を辞められない。

 

ジジババの時代の常識は無意味。

 

でも、結局前回の話でもあったように、私の世代である「団塊ジュニア(就職氷河期世代)」というのは「価値観が一変する局面において最前線で闘ってきた世代」であり、それ以前の価値観というものがある日を境に「無意味になる」という運命を背負って生きる世代だったのです。

 

親の世代の常識が「無意味」だったことに私が気づいたのはお恥ずかしながら、かなり最近です。親の世代の常識は無意味であるにもかかわらず、同時に彼らが世代とは関係のない「普遍的な人間社会の真理」を織り交ぜて子供たちに物事を語ることで、子供たちは「父が、母が、言うのだから…」と「親の無意味な常識」の方も一緒に鵜呑みにして育ってきてしまった傾向にある気がします。

 

正社員にこだわるのも無意味。

 

ジジババ世代が子供たちに強要しがちな「正社員」という生き方も同じでした。

2019年後半には、それがニュースにもなるほどで、ようやく社会全体に認知されつつある価値観ではありますが、私の離婚後の2011年以降の数年に関しては「契約社員」「非正規職員」の格差貧困問題が大きく取り上げられていたため、「正社員」にこだわるべき背景がさらに強く刷り込まれていました。

 

ただ、いつも、

ちょっとコレ
おかしいんじゃないか?

 

という信号というのは先手先手で、局面の最先端にいる立場の人には届いているものなのだと思います。私のように生死の境に瀕するようなギリギリのラインまでいくと、ある日ふと分かることですが、

「正社員」と「命」どっちが大事か?という話です。
「正社員」と「人生」どっちが大事か?
「正社員」と「娘」どっちが大事か?

 

そうしたものが見えていない立場にもかかわらず、友人がしてくる「良かれ」という厚意でのアドバイスは聞いても、こちらが生命力や翼を折られるだけで、有害な「雑音」です。

 

ガン無視で(笑)。

 

わたしの事はわたしが一番よく分かっているし、わたしはわたしの内側の人々に評価されればそれでいいのです。親には育ててくれた感謝を頭の片隅でしつつ、あまりにもうるさい時には彼らにも分かる昭和の名言を「心の中で」突き刺しましょう。

 

「同情するなら金をくれ。」
「文句を言うなら、私の年齢までにあなた方が承継していた財産をさっさと子供に譲ってください。」

 

私もここまではさすがに直接は言いませんでしたが(笑)今にも言いそうな場面が何度もありました。こういうことを実際に衝動で言ってしまうと、内側の人々は「いやがる」ので、自分自身がダメージを受けてしまいますから注意です。

 

出家さん
出家さん

修行が足りませぬな。

ユニークさん
ユニークさん

ツマンナイ人間とは関わりたくないんだよね、アタシ。

ぴょんちゃん
ぴょんちゃん

なんかこわあい。

ダンミツさん
ダンミツさん

おブスな感じね。

 

内側の人たちが望まないコトすると
非難ゴーゴーになる(笑)。

 

親だって、今就活をしたら、たとえ私と同じ年齢だったとしても、私より数段就職は難しいでしょう。それでも言っても仕方のない負の言葉を口出しするのは、圧倒的な想像力の不足と現実を知らないのに口を出して説教はしたいという欲求。単に「ヒマで退屈なだけ」なのです。

 

普通の友人も残念ながら同じです。この時期の私自身、望んだ状況に身を置いていない時点で「私自身が幸福ではない」。そういった時にはできるだけハンパな他者とは関わらない方が賢明です。何故なら

 

わたし自身が尖ったナイフだからw

 

しかし、この時に「本当に自分の事を大事に思ってくれている人、理解してくれている人」というのが分かったりもします。「本当の愛情」とは?を自分の中で深めるためのステージでもあるという事です。

 

 

◆仕事探し:会社員を辞められないという「思い込みの常識」による呪縛

 

「正社員」を辞める、それが意味することは「社会不適合者」の烙印であり、生活の「安定」を望めず、あるいは近い将来転落していく事であり、子供を持っている親として選ぶべきではない道、だと私の場合、完全に思い込んでいました。

 

 

毎月、通いさえすれば定額給与が貰える制度である「会社員」として、「会社に身分を保証され、ぶら下がっている安心」というところに身を置きたかったのが正直、最も大きな理由です。

 

もし、もう少し快適にぶら下がることができたのであれば、私は今でも間違いなくぶら下がり続けていたでしょうし、むしろ、それが本望だとも思っていました。私は人生が会社色になってもいいから、ぶら下がり続けたかったのです。もちろん、その会社や仲間の為に尽くせる人材にもなりたいと思っていました。

 

でもそれは
机上の空論でした。

 

人間は「いい生き方」がしたい。
自分自身が「いい生き方」をしていると思いながら生きていきたい。けれども、それを、自分のスペースでやるのではなくて人の「会社」でやろうとすると、そもそも大抵は無理な話なのです。

この話はボリューミーなのでまたいつか・・・(笑)。次は最後の会社でのパワハラ上司が実は幸運の女神だったというお話をします。

 

では、また次回お会いしましょう!

中野カンナ

 

 

会社員という生き方を辞めるきっかけとなった最後の理由パワハラ問題はこちら↓

バンジー退職の背景に女上司のパワハラ実例付/会社辞めて1年④
会社を退職する直接の原因に女上司によるパワハラ実例と彼女のPMS、自己肯定感の欠如があったという体験について今回は書きました。バツイチ子持ちの私が2018年に会社を辞めて1年で当時を振り返るシリーズその④です。

 

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