モラハラとパワハラの背景原因「選択肢が無い」足元を見る心理構造

◆就活・転職

今回は私が最後に属した会社で退職の引き金となったパワハラ女上司なぜパワハラを執拗に継続できたのか?という背景や何に対するパワハラだったのか?という心理構造の考察から、

「選択肢が無い」という弱い立場の人間は常に「足元を見られ支配される」リスクに脅かされているという事について考えていきます。

◆会社の女上司が、圧倒的に立場の弱い部下である私に、パワハラを継続できた理由の考察

 

こんにちは、中野カンナです。

 

以前、最後の会社で女上司から執拗なパワハラを受け続けてきたという記事を書きました。

 

私などからすると、人をいびるのも結構体力がいるだろうと思いますし、第一、それ自体が「自分の心の神さま」を裏切るようでしあわせに逆行する自滅行為だと感じます。

 

 

それでもどうして、女上司そこまでの苛烈なパワハラを継続することが出来たのか?と考えた時、大前提で、

 

自分の心の内面と
対話してきていない

 

ということの他にも、いくつかの理由が分かってきました。

 

もちろん彼女にとって私という存在が面白くない相手だったということもあるでしょうが、彼女の口癖を思い出した際、私は既に退職後でしたがハッとしました。

 

私に選択肢が他にない
という事が、ひとつの原因だった
のだなと。

 

 

そのことをもう少し、ここでは掘り下げてみようと思います。この辺りは聞く人が聞くと、おそらく言葉の毒性がキツイので、読んでいる方ができるだけ無駄なダメージを負わないように、先に私の現時点での考えを述べておきます。

 

彼女が言う
「社会」は

100面体、1000面体以上の世界のうち


たった1つの
ちっぽけな1面にすぎない。

 

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◆パワハラ上司によくある名言

 

彼女は常日頃から私に次に挙げる言葉を語っていました。ちょっとググってみたところ、パワハラ上司によくある名言とも合致していたので、あえて四角で囲んでおきます(笑)。

 

【パワハラ上司にありがちな名言】

中野さんはこの会社を辞めて転職したとしたら、もう不動産業では管理の部門でしか働けないと思いますし、そうなると今よりもずっと給与待遇も下がりますよ。それに年齢的に正社員登用は不動産業だけでなく、どの分野でも社会では無理でしょうね。」

 

オマエに
言われたくないしw

 

と思っていましたが、それが確かに日本の国内に実在する現実である(かもしれない)ことも私は認識していました。

 

 

要は、女上司としては、

「だから、私の言う事を聞いて、早く白旗降伏宣言をし、ひざまづき、ひれ伏して暮らすしか、社会のレールから一度脱線したアンタにもう道はないのよ」

 

アンタにはもはや
どんなに侮辱されても
私に認められる以外、
生きる道はないことを早く知れ。

 

そういう事だったのだろうと思います。人の事を悪く言いたくありませんが、つくづく幸の薄い馬鹿な女ですね(笑)。そんな振る舞いで、自分が満たされ、幸せになるわけがないじゃないですか。

 

マウンティングにまいっちんぐ。

 

そうやって、生きている人間のすべてを支配できる立場にでもあるようにふるまう事が、彼女の希薄な自己肯定感のささやかな栄養になっていたのかもしれません。

 

余談ですが、これも女上司が頻繁に口にしていたセリフですけれども、パワハラ上司にありがちな名言にランクインしていましたw

 

3年間は何があっても会社を辞めないのが一人前の大人です。

 

もう、ダメだと思ったら時間とココロの無駄だから、一刻も早く辞めていいと思うw

いつも思うけど、なぜ3年間なのだろう・・・(笑)

 

中野カンナ
中野カンナ

ことわざ?

 

 

◆パワハラとモラハラの背後には「相手には選択肢がない」+「足元を見られている」という、精神的脆弱なものによる支配欲の構図がある

 

私は以前の記事でも書きましたが、会社に居た頃は、自分が誰かのせいにしてつらいことから逃げるということをしたくなかったので、彼女の振る舞いを「パワハラだと思わないように」呪文をかけて暮らしていました。

 

中野カンナ
中野カンナ

な~む~。

 

そして、前述のように、どうして女上司がここまでの事を私に出来たのか?という問いに対して、私は退職後にひとつの理由として「解」を得ました。

 

女上司の目には「私という部下」が

この社会において、生き残る選択肢がもう他にない「ように見えた」

 

 

女上司の言葉の裏にある心理を見ていくと、女上司は彼女自身が最も正しい「世界の真理」を知っていると思い込んでいたことが分かります。

 

それなのにもう一方では、圧倒的に自己評価が低く常に怯えているという対極的な心理状況を抱えています。不幸せで不安で精神的に脆弱だからこそ、「卑怯」なのです。

 

一種の「脅し」
人間として最も卑怯な種類の人種。

そもそも言ってる本人も
人の会社で、
ここまでやっていいわけがない。

 

まず第一に、女上司自身が会社組織で無二の地位(優秀なプレイヤーという地位)を築き上げていたこと(役員が面倒な事務作業をほぼ正確に提供できた)で、そのポジションに対する誇り名誉権威性を自身に抱いていました。

 

そして、第二の理由として、私自身が女上司にとって、何かしらの「脅威」がある「弱者」であったこと(もっと言うと「脅威」「弱者」も彼女の目に映っていただけ)があったと思います。

 

先ほどの女上司の台詞にもあったように彼女

「私(中野)には子供がいて年齢もイッテる以上、この会社以外への転職という選択肢はもうない」と思い込んでいました。また、こうも言っていました。

 

私は、
あなたのために言っている。

 

まるで毒親が子どもに言いそうなパワーワードです(笑)

 

 

◆女上司の抱えていた権威性と専門性に対する劣等感(コンプレックス)と脅威

 

女上司は自分が名前のある大学を卒業していない事と、名前のある大手企業に勤めた経験が無い事に対して異常なコンプレックスを抱えていました。

 

 

正直、
どうでもよくない?と
転職5社目だった
私などは思ったのですが

 

それはコンプレックスを抱いていないからこその感性なのだという事を知ることになりました。

 

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「銀行」の
不動産評価部門に居たことが憎い。

 

女上司私が銀行出身で銀行目線の不動産評価基準の概念や、実際に融資を得られる物件、得られないまたは減価対象となる物件の見分け方などの金融機関側目線での評価に関する専門知識をたまたま持っていることに対して脅威を感じているようでした。

 

自分に出来ないことが
出来る人間が
部下であることが脅威であり、憎い。

 

 

中野カンナ
中野カンナ

めっちゃ薄給だっただけなんだけどw

 

役員が女上司にではなく、私にその手の仕事を直接依頼してくることがあったからです。(今思うと、役員が私を「君は必要な人間だ、ガンバレ」と勇気づけるためにわざと振ってくれてたのだと思います。)

 

でも、女上司には
それがとにかく面白くない。

 

◆自分以外の女性が許され、助けてもらえる女であることが許せない

 

さらに、完璧主義者で人から力を借りる能力が無い女上司には、許され、優しくされ、助けてもらえる「ように見える」私が憎くて仕方なかったようにも思います。

 

 

女上司には私が「女を使って媚びている」ように誤認したのかもしれませんが、これに関しては完全に彼女の容姿コンプレックスが負の方向に動いていたなと感じます。

 

あのね、子育ては
人の力を借りる力を養わなければ
母子はもれなく潰れるの。

 

でも、彼女の世界観では

 

人の力を借りない
=人に迷惑をかけない
=正義

 

これは、よく一般社会でも最近になって語られる意見の対立でもあるのかもしれません。私もどちらが正しいという気は全くなくて、それぞれ自分のことだけ見ていればいいと思うのです。

 

助けてくれるっていう人が
いるのであれば、
助けてもらったっていいじゃないか。

 

 

◆完璧主義者の怒りは刃のような憎しみの支配欲と波動へ

 

女上司の私への怒りや圧力は、そうして周りが私に力を貸してくれようとすればするほど、大きなものとなっていきました。いつも人一倍がんばっている彼女は誰からも力を借りられないのに、大してできない私には周りが向こうから力を貸してきて、私が彼らに甘えているように見えたからだと思います。

目の前の
いけすかない女は
この会社に居る以外に
選択肢が無い人材。

 

脅威を潰して「支配」するため
どこまでも足元を見て
侮辱し、痛めつけ、
いかに無能かを周りにも思い知らせる。

 

私は、おそらく「ほかに選択肢がない人間」女上司に思われていた事によって、とことん足元を見られていたのだと思います。どんなことをしても、この人は辞めるわけはないという前提ですべては行われていた事です。

 

なぜなら、女上司という人は役員陣から自身がどのように評価されるかを大変気にする女性でした。

 

立場が上の人間には
態度を変える人。

 

徹底した保身主義者で、自分の査定にマイナスになりかねない事柄について、いつもそれを肯定するための材料を事前に作り、もっともな言い訳で頼まれてもいないのに役員を説得する周到さでした。

 

ですから、直属の部下である私が辞めるとなれば、正直、彼女にとっても査定に響く大ごとです。

 

おそらく、
私が相談もなく
辞めるなんて

青天の霹靂だったことでしょうw

 

これだけは、私が故意に行った
私なりの「オトシマエ」です。

 

ぴょんちゃん
ぴょんちゃん

意地悪さんにはあっかんべでいいよ。

 

■私が完璧主義をやめた話はこちら↓

完璧主義をやめる~人から力を借りる、許す能力で身に付ける幸福力
完璧主義・神経質という状況に陥った経験~人から力を借りることを自分自身に許し、他者を許していくことで広がっていく幸福力について考えました。現代の育児や人間関係を難くするものに努力・忍耐・我慢、人に迷惑をかけないという美学がありそうです。

 

◆自分の気持ちに嘘をつき続けると、ある日自分の内側は暴れだす。

 

余談ですが、この決断のきっかけとなった「事件」の時に出てきた内部キャラが、過去3回くらいしか私の人生で登場していない「デストロイヤー」です。

 

このキャラ↓

 

デストロイヤー
デストロイヤー

・・・。

 

このキャラだけは特殊な存在で、離婚の最終段階の時に初めて登場し、それから本当に内部も外側の私自身も荒廃してしまったギリギリの時にだけ、「物事を破壊して強制終了させる」為に登場しています。

 

言葉も発することがなくて、いつも日常「内側のリビング」にも居ないので、他の住人とはちょっと違います。神聖な「神さま」的存在と、私の内側のキャラクターちょうど中間に居るような存在です。

 

 

ヘンな話で違和感があったらすみません。ただ、自分の内側に居るキャラクターの特性を知っていくことは幸福への近道だと私自身はこれまでの経験から感じています。

 

話を戻すと、これまでも女上司の部下は私が把握する以外にも数人が過去に辞めてきていたようでした。

 

 

もともと不動産専門知識が不足している上に、年齢的に若い人材だったため、女上司の理想について行けず数ヶ月経たずして去ったということでしたので、「部下」という機能を果たす前に全員去っていたようです。

 

 

◆選択肢を他に持たない人間は、いつも足元を見られる運命となる

 

つまり、女上司の元では私が「部下として機能した最初の人材」でした。私が選ばれたのも、「若い女性」は年齢的に社会での選択肢が多く残っているために根性が無くて「すぐやめる」という事だったからかもしれません。

 

 

この人はどんなに侮辱されても
傷めつけられても辞められない。
何故ならシングルマザーだから。

 

シングルマザーなめんなよ。

 

同じ女性女性に対してこういうことをやるのですから、本当にちょっとどうかと思いますが、女上司自身、まだお子さんがいなかったこともあって、子持ち家庭の背景が想像しにくく、感情面での共有やその上での慈愛の心というのが膨らましにくかったのかも(?)しれません。

 

正直、シングルマザーで
自ら会社辞めるなんて
やっぱり相当ですよ。

 

 

きっとこれが他のシングルマザーだったらと考えると、大半は病気になるか精神を患って倒れるまで会社を辞めるという決断は出来なかったでしょう。それは母子にとって、「死」を意味します。

 

私が特別だったとは言いませんが、その時の私には他に収入源は全くありませんでしたが、収入を得られる「AdSense という展望」を持っていました。それは私の人生にとって唯一のクモの糸のような「希望」でもありました。

 

この苦しみに
3年も耐えられたのだから、
給料分ぐらい生み出せる。

 

いや、
絶対生み出してやる。

 

そんな気持ちで退職した私は、やはり負けん気の強さのようなものはあったのかなと思います。

 

会社退職しないで副業構築!AdSense収益を出す為の後出し案
会社を退職せずに副業構築としてGoogle AdSense 収益構築することにあたって、どんな事に気を付けてトライしていったらよかったか、どんなやり方がベストだったか?ということを後出し案として振り返って考えてみました。

 

◆選択肢が他にない人間が、足元を見られる構造は「就職活動」や「結婚生活」でも同じ

 

女上司による、この人間性を疑うような「人の足元を見て支配し利用する」態度の数々は特殊なことのように思われるかもしれませんが、

 

考えてみると、「人間の本能的な行動」として元々あるもののように思います。そして、それを制御できるのが唯一、本人の人間性や精神の成熟度であるという事が分かります。

 

 

例えば就職活動の場面での「雇用条件」も、他社が欲しがるスキルをきちんと習得している事をアピールできなければ、足元を見られて安く買い叩かれてしまいます。

 

また、色々な事情があるにせよ、結婚して夫の収入なしには生きて行けない妻になってしまえば、からすればどんなに自分が横暴であっても「離婚できない女」だと足元を見られるケースが昔から多く出てきているる印象がします。

 

選択肢がない状況では
出家僧侶のような夫でないと
幸せには暮らせない。

 

女性は家事育児、人によっては夫の両親の介護や、しまいには旦那の介護まで負わなくてはならず、夫が退職してもまだなお、働き詰めの人生。それだけ働いていながら横暴に振る舞うだけの夫を抱え、逃げられないというのでは、正直報われないと思います。

 

 

それを未然に防ぐのが、「選択肢」を持っておく、そして相手に「選択肢があること」を認識させることなのかもしれないと思います。

 

私は女上司のことは当時、パワハラだと思わないように念仏を唱えて暮らしており、会社にも骨をうずめる覚悟で働いてきていたので出来ませんでしたが、

 

今となって思うこととして

女上司に対し、「私には会社を辞めるという選択肢がある」という事を認識させることが出来てさえいれば、関係性はもっと違ったのかもしれないなと感じます。

 

駆け引きのようで、純粋性とはかけ離れた考えではあるかもしれませんが、自分さえ決断すれば手に入れられたかもしれない幸福について、私は弱いことを理由に自分に与えられた人生を「不幸なものだった」と諦めてしまうことは罪深いことだと思います。

 

 

でも結果的に、私にとってはそんなことをしなくても

必要・必然・ベスト

でした。

 

◆でも結局、すべては神さまの思し召し。すべてはギフト。

 

特別何か宗教をやってるわけではないのですが、自己の内面と対話をし続けていくと、ある日、自分の心の中に小さな神さまが居ることが分かります。(私の中では神さまと仏さまの違いはあんまりないです。違和感がある方がいらっしゃったらすみません)

 

そして、その神さまはいつもいつも私に「幸せになれよ~」としか言ってこなかったという事に離婚後数年で私はようやく気づきました。

 

 

しあわせになれよ~

 

私は子供時代に両親が忙しくてひとりで過ごす時間が多かったためか、かなり幼少期から自分の心の中の神さまと、身近にいて私を見守っている神さま天の一番大きな神さまの存在を気配として感じていました。

 

心の中に居る自分の中の小さな神さまや、天のもっと大きな神さまの存在を感じるとき、全ては自分が幸せになるための導きとして与えられたにすぎない事が分かってきます。

 

 

◆パワハラ女上司も離婚した元夫も天から与えられたしあわせの種だった

 

何でも「正解と間違い」「勝ち負け」「すぐ金になるか ならないか」「損か得か」「リスクの有無」で判断する女上司と、

 

「全体にとって幸せな判断かそうでないか」「豊かか卑しいか」「美しいか醜いか」「楽しいかツマラナイか」で判断する私というのは、おそらく生誕の瞬間から100万光年の価値観の乖離があり、同じ地球上に居て、同じ風景の中で立っていても、世界と魂の属する星が異なる共感も交信も最も難しい相手でした。

 

でも、こうした100%人生観が異なる人間が、私の人生を動かすことになったのです。

 

共感できる友人とは
別の「役割」で配役された人

 

渦中にいるときにはそんなことは思いもしませんでした。

 

女上司との激闘の詳細はこちらに書いています↓

バンジー退職の背景に女上司のパワハラ実例付/会社辞めて1年④
会社を退職する直接の原因に女上司によるパワハラ実例と彼女のPMS、自己肯定感の欠如があったという体験について今回は書きました。バツイチ子持ちの私が2018年に会社を辞めて1年で当時を振り返るシリーズその④です。

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