完璧主義をやめる~人から力を借りる、許す能力で身に付ける幸福力

◆幸福力について

今回は、『完璧主義』という理想と潔癖性を持つことが、自身だけでなく周りの幸福力を引き下げる現実をつくるシーンの自己反省の回想と、「自分を許し」「人から力を借りられる能力」を持つことで、他者への感謝、自分だけでなく他者を許せる気持ち、他者との分かち合いの気持ちから幸福力がぐっと高まるというお話です。

完璧主義が刷り込みされた昭和という時代の背景についても考えてみました。

◆完璧主義に自覚もなく、気付いていなかった私

 

こんにちは、中野カンナです。

 

私が「完璧主義」を意識してやめようと思ったのは、実は離婚直後の父の言葉からでした。離婚後、私の父親は、元旦那さんと「男としての共感」があったのか?夫婦が迎えた結婚の終焉にあたり、元旦那の気持ちを異常に擁護していました。

 

(離婚は)
「お前(私)の我慢が足らなかったからだ。」

 

 

父に関しては、この一点張りで、
よって、実家へ戻ってからの数年間、とても父と娘の関係も悪かったです(笑)。

 

当時の私は、不動産営業マンとしてのスキルがとても高かった元旦那が父に対してもその「交渉力」を発揮した結果だと思って、かなりイライラしていました。

 

でも今思うと、父親が実子である私ではなく、元旦那の肩を自然と持ってくれたことは、たまたまの結果でしたけれども、私と娘のその後を守ったかもしれないなと思ったりもします。

 

今となっては。

 

 

当時はそんなこと
思うわけもありません。

 

どいつもこいつも、男なんてほんとうにだいきらいだ!と本気で思っていました(笑)

 

そんな父と娘の険悪な関係の中で、殆どの父の言葉は私の心に届くことはありませんでしたけれども(笑)、それでもたったひとつだけ自分の今後の新しい生き方として私が採用したもの、

 

それが

「完璧主義をやめる」というものでした。

 

ふとした他愛もない会話の中で、父がある日、こんなことを言ったことがきっかけでした。

 

完璧主義を
積極的に止める
きっかけとなった言葉。

 

「100点を取ろうとしないで、80点とか、85点とか合格点をとればいいと思う方がいいと思うぞ。100点を取ろうと完璧主義になりすぎると、周りがギスギスするから。」

 

爺
爺(父)

我ながらいいアドバイスです

 

これを言われた時の私は、自分が「完璧主義である」という自覚が全くなかった事にも気づきました。

 

中野カンナ
中野カンナ

 

でも、言われてみれば、いつの間にか「完璧主義」で「神経質」な人間になってしまっていたのは自分から見ても明らかでした。

 

 

◆「完璧主義」「神経質」を加速させた直接のきっかけとなったのはワンオペ新生児育児

 

理由は明確で、「初めての新生児育児」で命を預かった、自力で守らなければならない、誰も頼れない、旦那に任せたら子供が怪我をするという緊急事態のような状況がずっと長くワンオペで続いたことだったように思います。

 

 

あとは

ちゃんと育てなくちゃ
きちんと母親をやらなくちゃ

という思い。

 

そのうちに、限られたエネルギーの中で、一定のタスクを一定の質でこなすために、そのことだけを考えて日々生存していた私は、「完璧主義」を知らず知らずに徹底することで、何もできなくなってしまう自分になることを避けようと必死だったのだと感じます。

 

本当に新生児育児はそう考えると、人の人格すら変えてしまう人生の一大事であり、家族全体にとって極めてリスクの高い「事件」と言えると思います。

 

 

そういうわけで、私の場合は完璧主義をやめようと思った時には離婚後で、家族再生には手遅れの言葉ではありましたが、「満点ではなくて合格点をとれればいい」という父のこの言葉だけは、その後、自分の中で根を伸ばしていって、その後の自分に実りを与えてくれる言葉となりました。

 

私が所属していた最後の会社において、完璧主義で神経質なパワハラ女上司に対し、私が「そこの学びは私はもう終えている」と闘う意思が無かったのは、主にココの課題と被る内容だったからでした。完璧主義は大抵の場合、自分だけでなく周りの幸福度も下げてしまう意味で、全く優秀なことではないのです。

 

◆最後に所属した会社のパワハラ女上司との激闘の日々はこちら↓

バンジー退職の背景に女上司のパワハラ実例付/会社辞めて1年④
会社を退職する直接の原因に女上司によるパワハラ実例と彼女のPMS、自己肯定感の欠如があったという体験について今回は書きました。バツイチ子持ちの私が2018年に会社を辞めて1年で当時を振り返るシリーズその④です。

 

でも、私にしろ、そのパワハラ女上司にしろ、きっかけは「結婚」であったり「出産」であったり「仕事」であったり色々だとは思いますが、もともとどうも同じ世代の女性に同じような「完璧主義」の素質のようなものがある事を、私はある時感じ始めました。

 

◆完璧主義発動のベースに昭和の子供に刷り込みされた「他者優先」と「忍耐」文化の美学??背景に昭和58年放送ドラマ『おしん』

 

明治生まれの女性の生涯を描いた、日本で未だに最高視聴率の記録を持つドラマ『おしん』は2019年に通年で再び放送され、たいへん話題となっていましてけれども、

 

元々は昭和58年に放送されたNHKの朝の連続テレビ小説、通称「朝ドラ」で、平均視聴率が52.6%最高視聴率が62.9%という驚異的な数字を叩き出しているドラマでした。

 


画像:NHK朝ドラ『おしん』

 

一億総中流が
すでに
馴染んでいた頃。

 

我が家でも当然、朝からドラマ『おしん』の放送は流されていました。(当時の私にはぼんやりとした記憶しか残ってないです)

 

ストーリーとしては、生家の貧しさから家族を支えるために、1年生やそこらの年齢で他人の家へ奉公に出される少女「おしん」の涙涙の苦労話と、貧しい戦前戦後の日本の歴史、そこでも女性が自立して生き残るために、たくましく働くことで戦い抜いていくという事が主なテーマでした。

 


画像:NHK朝ドラ『おしん』

 

共働きの自営業だった両親はこれを見て、第一子長女の私に対し、「娘をおしんに育てよう」と思ったそうです。というか、これは我が家に限ったことではなく、平均視聴率52.6%に支えられながら、視聴者の家庭の子供達はもれなくそう育てられたと言っても過言ではない気がします。

 

我慢と忍耐と努力
子供は厳しく育てる。

 

それは第一子の育児の時に、とても強烈な影響を及ぼしたという仮説を私は持っています。。。

 

 

◆おしん放送時に子供だった世代へ強要された、異常な「我慢」と「忍耐」と「努力」の精神論

 

そういう時代背景があって、放送当時に第一子長女としてまだ小さかった私は、大げさではなく毎日父親から怒鳴られて、床に倒れこむほどの強さで毎日殴られて育っていました。 ドラマ『おしん』を観た両親は、我が子を『おしん』にしたいと思ってやっていたようです。

 

殴られた挙句、
泣くな!と
怒鳴られる毎日・・・

 

中野カンナ
中野カンナ

よくやってたよな・・・

 

ドラマ『おしん』の主題である、女性がどんな時も、国や男性に依頼心を持つことなく、自分で働いて自立していなければならないんだという事や、明治の女性に課されていた、とてつもなく大きな時代的な苦労を日本女性は忘れてはならないんだという想いには強く共感はしますし、勇気も与えられるドラマではありましたが、

 

一方で、「我慢と忍耐と努力こそが美徳である」というちょっと度を超えた異常な精神論がこの世代の親と子供に刷り込まれたのは確かだったように思います。

 

とんだ災難w

 

◆おしん初回放送の時に小学生だった子供は団塊ジュニアで就職氷河期、ロスジェネ世代ゾーンとなった因果

 

これも変な因果だなあとは思いますが、『おしん』ドラマが初回放送されていた頃に小学生なり年中、年長さんだった子供というのはおおよそ団塊ジュニア(ポスト団塊ジュニア世代含む)、就職氷河期ゾーンにあたる世代となっています。

 

 

後に
絶望の世代として
闘いを強いられる運命だった。

 

『おしん』ドラマが子供達や親世代に刷り込んだ「我慢と忍耐と努力こそが美徳である」という度を超えた異常な精神論は、その団塊ジュニア世代「ブラック企業でのブラック労働」「過労死」「うつ病の発症」とそれに伴う「自殺者の急増」を招き、いまもなお根強い価値観として爪痕を残しています。

 


画像:厚生労働省「平成30年度過労死等防止対策白書」

 

忍耐・我慢・努力の他にも、「他人に迷惑をかけてはいけない」という価値観とその教育がこの世代を精神的に追込んだパワーワードだったなとも思います。

 

私もその1人。

 

必要以上の「我慢と忍耐」をした後に、それでも状況が改善しない状況に対して悲観した絶望世代はひとつ上のバブル世代を仰ぎながら(笑)、「自分は努力が足りないのかもしれない」「周りに迷惑をかけないように」さらに残っている僅かのエネルギーを使い果たして、自分の命まで壊してしまってきた時代でした。

 


画像:厚生労働省「自殺の状況」

 

でも、今思うとこの時代、努力などではどうにもならなかったのは歴然w

 

小さい頃から努力と我慢と忍耐力を強いられてきた団塊ジュニア世代は、社会人になってからも、そこに対する必要以上の「滝行」を強いられ、「完璧主義」や「神経質」の素養が強化された側面があったのではないかと私は思っています。

 

また、「完璧主義」や「神経質」の素養によって自分を責め続け、命を落とした人もいたのではないかと思われます。

 

その美徳って
ホントにいるの?

 

 

◆それでも絶望の団塊ジュニア世代ですら女性は本当は「恵まれた」国の「恵まれた」時代に生きている女性

 

それでも本当は、たとえ絶望の団塊ジュニア世代の女性であっても「安全で民主主義の豊かな国」で生きて行くことが出来るという事はとてつもなく「恵まれた」ことなのだと思います。

 

 

ドラマ『おしん』初回放送時から現在までの日本、つまり他国との戦争で命が脅かされることもなく、経済大国にまでのし上がった日本では、特に女性と子供達は、世界の多くの国の中でも「恵まれた」背景に生きたと言えると思います。

 

経済が弱い国では
女・子供は売られる。

 

しかし、「恵まれた国」であると言われても、どこかしっくりこないし、実感もないのも確かで、その幸福感を脅かしたものがあるとすれば、経済的豊かさがもたらした「権利意識」「平等観念」であり、経済戦争の中で「分かち合うことのない自己利益の追求」「個人主義」が与えた副作用という事かと思います。

 

 

けれどもそれすら、あらゆる選択肢を(犯罪でなければ)命を奪われることなく自由に選べるという、日本人には「当たり前」でしかない最高級の幸福を、享受できる現実があると思うと、やっぱり結論としてはとてつもなく「恵まれている」という事なのだろうと思います。

 

日本で生まれたことは
女性にとって、
どう考えても恵まれている

 

また、昨今の日本では国家としての成熟度がかなり上がった結果だとも思いますが、「女性の権利」に関する闘いがとても強く激しくなってきたことを感じます。

 

 

反射として国内の男女の対立構造がより顕著になってきているのを日常でも感じるわけですが、何となくそれはそれでどうなのかな??なんて私は女性ですが思ったりもします。

 

◆完璧主義を捨てて、一生懸命生きている自分を許すことで他者を許せる自分になれる

 

話は戻って(笑)

私も、そういうわけで幼少期から「優秀な長女」「理想の娘」という看板をぶら下げてその重みと共に生きてきたという実感があり、中学生くらいの時の自分のつたない日記を読み返してみても、「理想の娘になれない葛藤」と常に闘ってきていた経緯が見られます。

 

 

それは結婚後も同じでした。今度は「理想の嫁」「理想の母親」役を私は果たそうとしていました。

 

母親役に関しては、特に新生児育児の上でとても厳しい現実に直面し、「人に迷惑をかけない」という大前提が刷り込みされていたことから「人から力を借りることが出来ない」母親となっていました。

 

社会全体としても「人に迷惑をかけない」という価値観は日本の社会でかなり浸透しているため、現在子育て中のお母さんたちも、今もなお同じ苦労をされているように思いますし、そこに無頓着になってしまうことは社会からの批判が年々高まっていることから、依然、子育てにはとても厳しい状況にあると思います。

 

 

いま、社会的にワンオペの問題を深刻にしている本当の肝となる原因の半分くらいはココではないかと感じます。

 

子供を抱える母親にも自分の実の親にも「助けを借りる方法を知らない」また、親たちがそれを「迷惑」だと思うだろうと頼む前から先手で判断できる。

 

社会も他者からの負担を、許さない。たとえそれが仕方がない状況であっても。。だから一人で最後まで抱え、潰れるのです。

 

潰れたクチの人
↓ ↓ ↓ ↓

ワンオペで玉砕した前科アリwww

 

◆離婚後に「完璧主義」を意識的に手放し、「合格点」が取れればOKと思うように自分を許した

 

離婚を境に、私は冒頭の父との会話の経緯から、自分が自覚なく「完璧主義」に至っていたことを順序だてて納得し、その全てを自分の幸福大切にしたい人たちの幸福のために既に意識的に手放すことをしました。

 

 

これが出来たのは、娘ももう年長さんを迎える年齢になっており、母親が神経をとがらせていなくても娘の命にかかわるような惨事になることは殆ど起こらないという子供の生命力の成長が大前提にあったからでもあります。

 

完璧主義は
周りがギスギスする。

だから、花丸でなくて〇が取れればいい。

 

そこまでも、保育園の先生医療関係者の方々など、自分の力だけではどうにもならない状況というのは子育てにはつきものであり、いろいろなことを私は支えて貰ってきましたけれども、

 

離婚後の私は、助けてもらうことをもっと積極的に受け入れて「悪」だとは思わなくなりましたし、「できないこと」合格点に関係ないと思うようなところは、片っ端から諦めることにしました。

 

家事が完璧より、
子供と
楽しく過ごす時間の方が大事。

 

 

とりあえず、
ふたりとも

元気に生きてればOK

 

離婚後の生活が、そうでもしないと回らないという事でもありましたけれども、そうやって「できない自分」を認めてあげることで自分のことも、そして同じように「できない誰か」も許せるようになった気がしています。

 

自分を許してあげないと
他者も許せない人間になる。

 

結局はそういうことかと思います。

 

 

◆生きづらそうな神経質で完璧主義の女上司~幸薄い人間のいう事は誰も聞かなくなる

 

この新しいアイデアの採用を実感として正解だと確信したのは、それから数年後に私が所属した最後の会社の女上司の性質が「完璧主義と神経質そのもの」だったことからでした。

 

 

彼女の私に対する支配欲も、本人の生きづらさもどこか過去の私の「完璧主義」時代を彷彿とさせるものがあって、心の弱さが手に取るように分かる気がしていました。

 

分かっていたからこそ、理不尽な関係性であっても、3年間は継続して彼女の直下で働いてこられたのだと思います。

 

自分の生きづらさや幸福力の希薄さを、成熟していない人間は「誰かを支配する」という「一時の快」によって満たそうとします。

 

◆モラハラとパワハラによる支配の構造についてはこちらに書きました↓

モラハラとパワハラの背景原因「選択肢が無い」足元を見る心理構造
モラハラとパワハラの背景、原因には「選択肢が他に無い」という弱い立場の人間が強者から「足元を見られ支配される」という同じ心理構造があるようです。今回は私が実際に体験した状況から強者の精神性の希薄さや脅威に怯える真逆の姿を考察します。

 

ある意味
人間らしいとも言えるw

 

人間はいつも完全ではないものだし、常に葛藤しているのは、それぞれがその時点で一生懸命に生きているという事の証だと思います。

 

 

みんな
一生懸命に生きている。
女上司もそう。

 

自分の無力さをとっとと認めて、人が自分よりできるところ、素敵だなと思うところを謙虚な姿勢で学び、できるだけ色々な人から力を借りること、それをすべての人が気付いてすぐにできればいいのですが、

 

私が思うに昭和生まれの子供にありがちなのは、「人に迷惑をかけずに生きる」ということを幼少期から「美」として親世代に刷り込み教育されている傾向にあるため、

 

「お願いする、頼む」
=「迷惑をかける」
=「悪」

 

という負の連鎖を起こす認識がとても強いことから、「人から力を借りる」その能力がそもそも素質として無いことに加え、実践としての経験値が低いのかもしれないなと感じます。

 

かなりの
マインドセットが必要。

 

 

自分に許してあげられていない事だからこそ、他者のそれも断固として許せないのです。

 

こうなってくると、「人に迷惑をかけない」という聞きなれた「まっとうな」この概念自体が、社会の幸福度を大幅に棄損させる魔のフレーズでもある気がしてきます。

 

◆人から力を借りるには「能力」がいる。力を借りられれば幸せと可能性は何倍にも膨らむ

 

ココまで見ればわかるように、「人から力を借りる」というのには、案外能力が必要です。

 

 

でも、もし借りることが出来たなら、

それは単に「迷惑をかける」ではなくて、意外にも相手の幸せをも膨らませることになったり、人とつながっていけば「同じ事実」「悲」から「喜」へ一変する魔法のように不思議な現象が起きます。

 

色々な未知のしあわせの化学反応が起こってくる。

 

私がそれを知ったのは大人になって久しい、産後育児の場面でした。(でも前述の通り、夫からは力をなかなか借りられなかったわけで、当時はまだまだ未熟な技量でした。)

 

「優秀」という看板を掲げ
100点を目指す人間は
生きづらい。

 

何でも自分の力ででき、失敗したら尻ぬぐいだって自力でできた独身時代それを根底から覆したのが産後育児でした。そこまでは人から力を借りなくても、いつもどうにかなったからだと思います。

 

 

人から力を分けてもらう。
それは迷惑でも
恥でもない。

 

 

◆完璧主義過ぎて、部下に「手伝ってほしい」が言えなかった女上司

 

当時も思っていた事ですが、

正直、私が最後に所属した会社のパワハラ女上司は、本当に事務処理に関して大変優秀で、会社にとっても、彼女が居なければ回らないのではないかと思う程でした。

 

 

部下の私などを、そもそも脅威に思う必要のない相手だったと思います。

 

けれども、彼女には人から力を借りられる能力が全くなく、部下の私に「手伝ってほしい」と依頼することが出来ず(お願いするようで受け入れられなかったようです)、私から「何かできることはありませんか」というお伺いが「ちょうどいいタイミングで欲しかった」ということを漏らしていました。

 

ちょうどいいタイミングでw

 

そういうわけで、それ以来私は「仕事なので」毎日のように暇さえあれば「お手伝いしましょうか?」「何かできることはありますか?」「○○致しましょうか?」お伺いを立てるようにしました。

 

しかし、それでも私のお伺いが受け取られることは、多分最後まで1度もなかったと記憶しています(笑)。

 

■「察して」と「言ってくれなきゃわからない」の心理はこちら↓

夫婦間、上司と部下間で起こる「察して」「言って」感情の深層心理
「察して」「言ってくれなきゃ分からない」という感情のセリフは夫婦間、上司と部下、恋人同士や男女間でしばしば発生します。この台詞に込められているそれぞれの立場の深層心理について、実体験を元に考察してみました。

 

そして、

優秀なのに
自己評価がなにしろ低い。

それは自分自身の声に耳を傾け
自分を「愛して」「大切にしてやる」
ということをやってこなかったから。

 

自分を許すことが出来ない人間が、他者を許すことが出来ないように、

自分を愛する方法を知らない人間は、他者も愛せない。

 

世界を愛することが
出来るように、

まずは自分を許していこう。

 

それではまたお会いしましょう。

 

中野カンナ

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