インドネシア・バリ島の神様のお供え物チャナンに悪霊用もあった話

◆幸福力について

今回は、新型コロナウィルスの今~インドネシア・バリ島で見かけたお供え物・チャナンのお話、幸福力の基盤になる心の内側の神さまのお話などをお届けします。外出制限中のちょっとした気晴らし、暇つぶしにどうぞ。

◆新型コロナウィルスは「いつか」しっかり向き合って考えなくてはならなかったことを「今」へ一気にもってきた。

 

こんにちは、中野カンナです。

 

中野カンナ
中野カンナ

ニューヨークの感染ピークが過ぎた感があります。

 

私の住む東京でも、とうとう1日のコロナウィルス感染者数が先日200人に迫り、生まれてから見たこともなかった、生活や常識が一変する日本、そして東京、さらには世界の状況に

「時代の局面」ともいうべき歴史的事実の上をライブで生きて感じているのだなあという実感があります。一部報道ではニューヨークの感染のピークが過ぎたようだとの情報も出てきて、コロナウィルス単体での山場は日本もあとちょっとの所まで来ているのかも?しれません。

 

 

もちろん、それでもコロナウィルスの世界的大流行がココから先、導く世界の未来や日本の未来についての影響はまだまだ激動の時代を再形成していく形で残ることが当然予想され、たくさんの悲壮感を乗せて予測する様々なメディア情報も相変わらず多くあります。

けれども、メディアというのはどの時代も人々に恐怖感を与えてモノを売りっぱなしにするのが上手です。

 

悲壮感には感染しないぞ!

 

というお話を前回書きました↓

新型コロナウィルスが与える社会経済悲観と国内悲壮感に感染しない!
新型コロナウィルスが社会経済悲観と悲壮感の意味でも国内外で猛威を振るっている状況が続いています。不穏な情報が続き全体的にどんよりしてきていますが負の感情や気持ちをリセットするために書いてみました。

 

そうは言っても、今回の出来事が私たちの世界に与えた影響というものは、とてつもない規模で、それぞれの分野での本質的な問題をむき出しにしたことは確かだと思います。言い方が正しいかどうかは分かりませんが、ちょっと感心してしまうくらい、かなり考えられて仕組まれた革命のようにすら思えてきます。

 

私が身辺で感じたものだけでもこの位はありました。

 

働き方の問題
家族のつながりについての問題
夫婦の信頼関係の問題
●子供との時間や教育問題
「濃厚接触」に関する問題
老人や単身者のひとり暮らしの問題
若者の貧困の問題
海外のアジア人差別の問題
日本の経済に対する問題
日本の国防に関する問題

 

人と人とのつながり方の問題

 

私が感じたものとは違う分野で、価値観の変動を体験された方も多くいらっしゃったのではないかと思います。今回はここでちょっと話はかなりぶっ飛んでしまいますが、「神さま」のお話をしたいと思います。

 

 

◆インドネシア・バリ島 ヒンズー教の神々への感謝の祈りとお供えもの「チャナン」の光景

 

私がインドネシアのバリ島を訪れたのは今からもう20年以上も前のことになります。そんなに時間が経ってしまったこと自体にもビックリですが、あれから20年以上経ってもずっと私の瞼から離れない光景がある事にも正直驚きます。

 


画像:チャナン

 

その光景とは、朝と夕方に各ご家庭の軒先に置かれている、葉っぱで出来たお皿。そのお皿にカラフルな花や食べ物やお菓子が供えられており、線香の煙が細道の両脇の民家の軒先から、一斉に空へ上っている風景です。神様へのお供え物です。各家庭から空へ神さまの為の祈りが捧げられているような幻想的な光景でした。

 

チャナンというらしい。

 


画像:http://blog.livedoor.jp/hana8778hana/archives/1024709981.html

 

なぜか、ここ最近の私は20年も前のことなのに、ふとした瞬間にこの光景を思い出すことがとても多くなって、この葉っぱのお皿の名前も知りたかったものですから調べてみると、バリのヒンズー教の生活の風習で、神々への感謝の気持ちと祈りを込めて、現地の女性たちが手作りで毎日、朝晩つくってお供えするものだそうです。

 

バリ・ヒンズー教では日本のアニミズムにも通じるような「万物に神が宿る」という考えがある事から、ありとあらゆる思い入れのあるものに、このチャクラをお供えします。玄関を守ってくれている神さまの横にもひとつ、水場や庭の目印の石や愛用のオートバイの上などにもその神さまへ各家庭で決められた場所に毎日チャクラは置かれるようです。

 


画像:https://blog.goo.ne.jp/hibiscus2013/e/a2c98e5cda312f7bfae05a40949007cc

 

さらに自分の家だけではなく、町の大事な神さまの石像や、大切な場所にも毎日たくさんのチャナンが周辺のご家庭の女性たちから運ばれてきて、お線香と一緒に手を合わせてお供えされる光景が見られます。

 

 

もう一つ、調べていくと驚くべきことが分かりました。このチャナンというお供え物は、なんと神々だけへではなく、悪霊用にもお供えされるのだそうです。

 

 

◆インドネシア・バリヒンズー教では、悪霊用のお供え物チャナンもあった!

 

ヒンズー教では、お供え物のチャクラの中でも、地面に直接置かれて、比較的簡素なものは、神々へのお供え物ではなく、悪霊用にお供えされているチャクラだというお話がありました。

 


画像:https://tabizine.jp/

 

どうぞ悪さをしないでくださいね。

そうした願いから、地面にいる悪霊にもお供えをするのだそうです。

 

特に世界の先進国では「敵」とみなしたものを出来るだけ早く「排除する」という考えがとても強い気がします。しかし、バリ・ヒンズー教の人々は、自分たちの生活を脅かしかねない相手である「悪霊」にもお供え物をするという事に、私はちょっとしたカルチャーショックを受けました。

 


画像:https://www.balinavi.com/special/5023792

 

また、それこそ「神々を信仰し、神々に愛されるべく毎日、神様に祈って真っすぐ暮らしているから」ということに尽きる気がしました。自分も神々に寄り添って生きているのだから、神々が創造し、私たちに与えるもの、それは全て私たちを何か目的の方向へ導くための思し召しであるという考えからかもしれません。

 

そういう意味では悪霊も神々が創造した存在だとすれば、世界のどこかがうまく回るよう、世界のどこかを支えるため、よりよい世界へ導くために存在しているのかもしれないという、全肯定の考えがあるのかもしれません。

 


画像:https://4travel.jp/

 

このインドネシア・バリ島の人々の話を知って、私はなんだか少し、救われたような気持ちになりました。とても豊かなものを感じるのは私だけでしょうか。

 

 

◆「自分の心の中にいる神さま」を信じるという力

 

バリ島の現地の方々の生活は20年前の話ではありますが、とても質素で、経済的に日本のような国に発展するまでは(そもそも目指してなんかいないかもしれませんが)、とても遠い印象がありました。

 


画像:https://ibuubuko.blog.fc2.com/blog-entry-2175.html

 

それでも、私財から20個30個、多い家では100個を超える神さまに捧げるためのお供え物を毎日手作りし、神々へ祈りと感謝を捧げ、悪霊にもお供え物をするという事をしています。

 

一方で、特に日本の都心部では、経済大国飽食平和だと思っていても、日々は殺伐としていて、神様へ祈ったり、お供え物をする物理的な時間も、心のゆとりもほとんどの人が持っていません。

 


画像:東京上空

 

 

中野カンナ
中野カンナ

私が小学校低学年の頃には、東京の都心部の自宅でお盆の「送り火」を焚いていましたけれど、今やったら間違いなく通報されると思いますw

 

そもそも、日本は無宗教国家であることから神様の存在というもの自体の立ち位置があいまいで、風習としては初詣で神社へ行くようなことは確かにあっても、その場面場面での形式上のものとなっており、信仰心をもっている人となるとかなり少ないのかもしれません。

 

そうなると、その神さまのご意向に添える自分で居ようということも人々はあまり思わないのかもしれません。

 

これは肌に合わない方はスルーして頂ければと思う話になるのですが、私は基本的に無宗教ですし、特定の宗教を勧める気もさらさらないですけれども、ある時を境に、自分の心の中にいる小さな神さま的な特別な存在を信じて、大事にするようになりました。

 

 

子連れ離婚、その後の再就職難会社組織で生きるということを諦めるという過程はそれぞれ私にとってはとても大きなトラブルとして表面化しましたが、今思うとすべてはより質の高い幸福へ向かう為の神様からの課題であり、変わるチャンスを貰える種そのものでした。

 

就職氷河期世代の話はこちら↓

バンジー退職の背景に就職氷河期世代の仕事観/会社・辞めて1年②
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離婚後の再就職活動に関してはこちら↓

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会社組織に属することを諦めた話はこちら↓

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会社を退職する直接の原因に女上司によるパワハラ実例と彼女のPMS、自己肯定感の欠如があったという体験について今回は書きました。バツイチ子持ちの私が2018年に会社を辞めて1年で当時を振り返るシリーズその④です。

 

無宗教日本人であっても、やっぱり神社の境内を歩いたり大きな樹木の下に立てば、何かしら崇高な存在の空気を感じることがあるのではないかと思います。また、心の中に自分の本質や本性、「自分という人間」をいつも誰よりも見逃さずに見ている自分よりチョット上段に居る存在というものを感じる場面というのはないでしょうか。

 

その存在に対して感謝や祈りを捧げる時間、少なくともその存在に対して恥ずかしくない自分として存在していくという事を努めていくことは、反射として、自分の生命力を強化し、怖れというものから解放されていくことに繋がる気がします。(胡散臭く感じたらすみません)

 

 

なぜかというと、先ほどのお供え物の話ではありませんが、真っすぐにそう努めることによって、「神様にキラワレルような行動はしていないし、愛されないわけない」という気持ちになってくるからです。

 

そうなると、不思議なことに出来事のすべては表面的な事実はキツく困難の多いトラブルのように映ったとしても、それすら「私の幸福、与えられた役割を遂行するために起こっていること」だということに気づくからです。

 

 

今年の5月で98歳というもはや仙女のような領域の年齢になる瀬戸内寂聴さんも、「人にはみんな心の中に仏様がいる。だから苦手な人でもその人ではなく、その人の中の仏様に手を合わせてご挨拶するような気持ちでいれば、いいんですよ」とお話されていたのが印象的でした。

 

本当に怖いものは外側にはなくて、内側の神聖なる領域を煩悩や目の前の利益のため、何者かに明け渡してしまう自分の弱さだけのような気がしてきます。

 


画像:http://baliclub-suartha.blogspot.com/2013/03/blog-post_27.html

 

神さまと仏様の違いなどは私には正直よく分からないので(笑)、色々と厳密には間違いの多いと思われるファジーすぎる今回のお話でしたが、自分に与えられた命の運命や役割を信じて生きていくという気持ちで、この滅多に遭遇することもないであろう時代の局面も納得のいく形で乗り越えられることを祈っています。

 

それではまたお会いしましょう

中野カンナ

 

冬苦手という基本体質&しなる強さの幸福力を女性がつける為の提案
寒い冬が苦手という「基本体質」とその延長上にあった「暗黒20代」という話の概要、「しなる強さの幸福力」をつけるための取り組みとしてスタートラインで自分がやってきたことと、そこから得た意識などのお話です。

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