「会社組織」辞めて1年①退職までのやめたい理由とその後の半年間

◆就活・転職

今回は、バツイチ子持ちの私が2018年に会社を辞めて、半年で会社員給与を超え、現在までの1年間を振り返るシリーズその①です。(全4回)今回はざっくり会社辞める~現在までの振り返りとなります。

◆2019年、今年はどんな年だった?

 

こんにちは。中野カンナです。クリスマスが終わると年末モードがすごい!

 

2019年、
皆さまは素敵な1年になりましたでしょうか?

 

 

私は、正直人間らしい生活維持がやっと(笑)という状況で仕事一本、走り抜けた1年となりました。でも、その状況は会社員時代も「別の意味」で同じだったので、全く苦ではありませんでした。

 

◆2018年10月に会社を辞めて、はや1年

 

私は、2018年の8月末に辞表を提出し、翌日から食いブチづくり活動を開始。10月の頭に有給を消化して会社を辞めました。

 

食いブチないのに
手ぶらで会社辞めちゃったよw

 

本当はもっと副業で地道に収益を作っていって給与を超えたら退社・・・という精神衛生上よいスケジュールで移行したかったのは山々でしたが、

 

並行して行っていくという精神的・肉体的余力が、そもそも会社で疲弊した私には皆無だったのと、そこで継続できなかった時に、自分で食いブチを作る」という方の選択肢を黒くつぶす未来を見たくなかった為です。

 

 

私の所属していた会社は不動産業者で、業務だけを見れば、個人的にはとても興味のある仕事をしていましたし、業界内でも継続勤務可能な組織としての健全な基盤もある珍しい会社でした。

 

取締役をはじめとした役員陣も豊かで聡明な方々が多く、子持ち最後の所属企業としてみれば本当に恵まれた会社だったので、今でも経営陣の方々には心から感謝しています。

 

できる事であれば、本当は定年まで働きたかった。それが退職時に私が思っていたことでした。会社の役員の方々へ恩返しができる人材でありたかった。これが最も大きな会社を辞めたくなかった理由でした。

 

 

◆会社退職のきっかけとなった女上司

 

しかしたった1点、

直属の幸福力低めの女上司「負の気圧」が凄まじく、

通年
930ヘクトパスカル級。

 

あはは 超似てるw
(フリー素材)

 

1年経って、そこそこ経済の問題の第一段階をクリアした今でこそ笑い話にできますが、

3年間彼女の直下で働き、最後は生きている意味すら見失いそうだったため退社しました。やめる直前には、会社の昼休みに昼食休憩で外出中「ここは飛び降りやすそうなビルだなあ、外階段上れるのかなあ。」とかフツーに考えていたので結構、危なかったと思います。

 

自然と飛び降りやすそうなビルを
探していた私(笑)
アブないから!

 

・・・でも、私には私しか頼れない娘がいる。私はここで飛び降りやすそうなビル探している場合ではないんだ。それに、こんなの離婚後の長い苦悩の時代に比べれば1/100くらいの苦しみじゃないか。

そんなことを考える毎日でした。

 

離婚を決意した話はこちら↓

離婚を決意させた311東日本大震災当時の妻の心境を振り返る
離婚を決意するきっかけとなった311東日本大震災当時の夫婦関係、結婚生活での妻側の心境を振り返るお話です。別れに突き進む思考回路を8年半経った2019年の今、回想します。

 

最後も、直属の上司だというのに私はあえて女上司には辞表を出さず、その上に持っていきました。最後の最後に「上司としてのメンツ」を潰され、捨て台詞と共に大きなお尻をぶんぶん揺らしながらガニ股で歩いていく、ブチギレ女上司でしたが、

 

正直、ダイイングメッセージを残して
飛び降りなかっただけ感謝して欲しいと思います(笑)

 

■人生最後の会社でパワハラ退職の話はこちら↓

バンジー退職の背景に女上司のパワハラ実例付/会社辞めて1年④
会社を退職する直接の原因に女上司によるパワハラ実例と彼女のPMS、自己肯定感の欠如があったという体験について今回は書きました。バツイチ子持ちの私が2018年に会社を辞めて1年で当時を振り返るシリーズその④です。

 

◆自分で築いた最初の収入はナント106円!→半年後、会社員給与超え達成。

 

そして、いよいよ自分で食いブチをつくる、ということに完全にシフトし、実際に最初の収益が上がったのは2017年11月のことでした。

 

最初の収益106円(笑)!

たらら~ん。野垂れ死にそうな容赦のない金額(笑)

 

 

女上司の次の敵は現実!
でもコッチの方が
未来があるだけマシ!

 

中野カンナ
中野カンナ

コレよりは

未来がある!

 

最初に言っておくと、ほかに私には収入と言える収入は本当になく、殆どバンジージャンプに近い状態での退職でした。(このやり方は絶対にお勧めしないし、マネしない方がいいと思う。)

 

 

でも、私はしあわせでした。

 

まず、これまでずっと考えてきたのに「恐怖」から選べなかった「会社に属さない」という選択肢。飛べた自分に拍手がしたい気持ちでいっぱいになったのを今でもよく覚えています。この先、どんな未来になったとしても、これは後悔する種類の選択ではないそういう確信もありました。

 

あとは、絶対に失敗にさせない、「失敗とは諦めた時に起こること」という想いを念仏のように唱えていました。最初に発生した106円から半年後、私の収入は会社員給与に達していました

 

ただ、これもいつか書くことになると思いますが、私的には

なかなかの死闘でした。

 

あ、だいじなこと。

 

私は、収入を確立する「方法」について情報商材として売る気はありません。
(ないのかよw)

 

何故かというと、そういった情報にタッチする方法は現在溢れていることと、(※詐欺も多いので十分注意してください。)

 

私は多分、人生全般「お金に関する豊かさ」のアプローチよりも、「しあわせや心の豊かさ」に関するアプローチをずっとしてきたからです。なので、「お金に関する情報」はもっと理想的な指導者を探した方がいいかなと思います。

 

でも、このふたつの富
「両方」あることがとても大事。


そして、


このふたつの富に関する力をつける戦い方は
多分、全く違うのだと感じています。
(主観)

 

私は女性が「しあわせに」生きていくためのヒントに今後もアプローチしていきたいと思っています。次回は、バツイチ子持ちなのに「会社を辞める」という決断を下せた理由について書きたいと思います。

 

それではまたお会いしましょう♪

中野カンナ

 

「会社を辞める」という決断を下せた理由①↓

バンジー退職の背景に就職氷河期世代の仕事観/会社・辞めて1年②
バンジー退職という、別の仕事もなく会社を辞めることができた理由や背景に就職氷河期というの団塊ジュニア絶望ロスジェネ世代特有の時代について考えました。バツイチ子持ちの私が2018年に会社を辞めて、半年で会社員給与を超えた現在までの1年間の回想

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