はじめのことば~『中野カンナの女道』ブログ立ち上げにあたって

その他 ぼやき

2019年4月19日、平成も間もなく終わろうという本日、『中野カンナの女道』ブログを立ち上げました。今回、このブログを立ち上げた理由や開設時の気持ちをここに記しておきたいと思います。

 

◆はじめまして。中野カンナです。

 

 何処から自己紹介を始めていいのか分かりませんが、私、中野カンナはずっとココ「東京」という都会で生きてきただけの、特別「何か」を持っているわけでもない何処にでもいるありふれた一般女性です。

 

 

 

 

若い頃から絶望的なくらい自分にはほとんど何もない(笑)と思って生きていました。どうして日本に生まれ、これだけ恵まれた環境に育ったにもかかわらず、「何もない」と絶望感に打ちひしがれながら若い時期を過ごすことになったのか?そこには色々な背景があると思っているのですが、

女性の人生でとても生きるのが難しい「人生の序盤」でうまく立ち回ることができなかったのも、そう思うことになったひとつの理由です。

 

 

 

そして、他の多くの人がそうするように、大学を出て一般企業に就職をし、周りに喜ばれて結婚し、祝福されて寿退社。ずっと望んでいた子どもを産んで最高の時を迎えたにもかかわらず、6年後には「王子様」だと思って結婚した人とはあえなく離婚をしてしまい、一家は泥沼の闘いを経て解散。

現在はバツイチ子持ちの出戻りで、非常に肩身の狭い実家へ帰り(笑)、娘を育てつつ、働いています。

 

 

中野カンナ
中野カンナ

この辺りは我ながら今思うとイタイ話が多いですw

 

 

 

 

どこにでもよくある話です(笑)

 

 

離婚後は私も小さな娘を抱え、色々とそれなりに大変な時間を経て(端折りすぎですがw)少しづつ地道にたくましくなっていきました。身を置く場所が変わったことで「考え方」も徐々に変わっていきました。

 

 

中野カンナ
中野カンナ

「考え方を変えたら、どうってことなかった。」という言葉が、私は結構好きです。

 

 

 

今現在はというと、これまでの人生で最も穏やかで豊かな時を迎えています。

念のために補足しておくと、これは経済的に満たされたからではありません。経済的なことで言えば、私に関しては何故か結婚前の20代独身時代が人生で最も稼いでいました。でも、当時は逆に、何倍も何十倍も精神的には追い込まれていました。(離婚時は何百倍もって感じでしょうかw)

 

 

こんなに安らかな時間が流れているのは、幼少期振りかもしれません(笑)

(つまり幼少期以降ず~っと継続して大変だった私の「女道」。)

 

 

そして実感としてですが、「自分自身の何か」を理由とした、そうした精神的な振動というものは現在、だいぶ収まってきたなという気がしてきています。それは年齢もありますし、ここまでの経験による考え方や意識の変化も大きいのかなと感じます。

 

 

◆『女道』ブログを立ち上げようと思ったきっかけ

 

今回の『女道』ブログをつくろう!という行動に至った経緯は、若い頃からのどこにでもいる私のような一般女性の「波乱万丈」ですら、結構なんというか、シビヤだな。と。長年のふつふつとした女性の人生に対する想いがきっかけです。

 

よくよく考えてみると、いつから私の人生が「波乱万丈」色になってしまったのかと遡った時に、私には強烈に引っかかる「違和感」の残る記憶がありました。これが後に私が自分自身をコントロールしていく工夫ができてくるきっかけにもなるわけです。

 

 

 

 

◆強烈に違和感のある19歳の時の悲しみの理由

 

その「強烈に違和感のある記憶」というのは、私が19歳の時に当時お付き合いをしていた彼氏さんと過ごしていた頃の出来事です。

とにかくしょっちゅう、しょっちゅう定期的に「理由もなく泣いていた」ことです。

 

 

彼氏さん
彼氏さん

女性ってしょっちゅう気分が変わって理解不能です。

 

 

実は、この「定期的」「理由もなく」というのが後から考えると、めちゃめちゃ重要なキーワードだったのです。

 

 

今あらためて思うと、

 

若くて未来と可能性しかない、19のピチピチ娘が、一体何がそんなに悲しいというんだね(笑)。

 

 

って感じなのですが(苦笑)、とにかく泣いて泣いて泣いて、当時の彼氏さんを困らせていました。

 

 

中野カンナ
中野カンナ

サニーデーサービスの『若者たち』という曲には、 ♪彼女はと言えば~若さを弄び~ずっと泣いていた~♪ という歌詞がありました(笑)

 

 

自分で言うのもなんですが(笑)いわゆるメンヘラ女子だったのです。

 

 

しかし、ただのメンヘラ女子ではなく、あいまいな記憶を辿っていくだけでも

 

 

かなり重篤なメンヘラ女子!(笑)

常に死と隣り合わせ!

 

 

 

ともかく、泣いている理由がある時も、今思うとなんだかとてつもなくおかしいのです。

高校の時の私の親友の女の子がアメリカの大学へ行ってしまって4年間は少なくとも帰ってこないことがさみしいだの(現在はもうN.Yで結婚して住んでいますw)、ふたりで散歩途中に勝どき橋周辺で見かけた猫がかわいそうだっただの、母がこう言った、ああ言っただの…

 

それ以外には

 

全くこれといった理由がないのに、とにかく悲しくて悲しくて仕方がなく、大泣きをする。

 

 

という出来事まで続いていきました。

 

 

◆絶望感をもたらす月経・PMSにいつか私は殺されるんじゃないか?

 

自分でも当時、私の身に何が起こっていたのか全く分かっていませんでしたから、とにかくその襲ってくる悲しみにいちいち暮れていました。自分の内側で起こる感情に自分自身が振り回されっぱなし。

 

 

もうこんな苦しい人生やめたい。

 

 

そんな風に、生死の境のギリギリの淵を歩くような時間はその後もずっと続きます。住む家も食べ物も、洋服もあって、親のお金で大学に行かせてもらっているのに、です。そして、横隔膜が痙攣するほどの大泣きをしたおおよそ翌日には、

 

 

必ずと言っていいほど生理がやってきました。

 

 

中野カンナ
中野カンナ

あれ??

 

 

そして私の場合は、ほぼ生理が始まると同時に、昨日までいったい何が悲しかったのか、全く分からないほどに楽観的に人格が変わってしまうのでした。

 

 

そうです。絶望を起こしていたのはPMS(月経前症候群)だったのです。

 

 

彼氏さん
彼氏さん

キミが悲しくても、こっちはどうしていいか分からなくてパニックになるよ。

 

 

そのたび、当時の同い年の彼氏さんは悲しみに暮れた恋人(私のこと)が、いったいなぜそこまで泣き続けるほど悲しいのかを知ろうと必死で対応してくれていました。(学生だったので時間だけはお互い掃いて捨てるほどありました。。)この人は私の人生において最初に大恋愛と言える経験をさせてくれた人でもありました。

 

 

しかし、訳も分からず定期的に私の感情に一緒に振り回され続けた当時の彼氏さんとの間には、いつかお話することになるとは思いますが、その後も波乱が色々とあり、とうとうこう言われてしまったのでした。

 

 

「もう僕の人生の邪魔をしないでくれ。」

 

 

その後も、私自身は暴れる内側の理由がまさかPMSだなんて考えもしなかったので、自分を無駄に責め続け、それでも「本質的な理解と対応をしていなかったために」同じような悲劇が私の人生には無駄に繰り返されていきました。この問題は私が抱えている持病なのだと20歳前後の時には少し危機感を感じていました。

 

 

中野カンナ
中野カンナ

困りましたね。

 

 

徐々になんとなく生理が、この不安感希死念慮(きしねんりょ)に関係していることはさすがの私でも分かってきます。

 

 

いつか生理に殺される気がする…。

 

 

だんだんとそんな風に自分自身の制御できない「何か」に対して怯える時間も増えていきました。

 

 

◆一方で生理前は「自分の内面」との交信がうまくいく時期になる

 

そして、同時期にあたる20歳前後に、もう記憶がぼんやりしていますが、「私の内側のリビング」何人かの異なるキャラクターの女性の存在を感じ始めることとなります。最初は2人か3人とかそのくらいの少人数だったように記憶しています。

 

なぜか、「私の内側のリビング」はこんなイメージ(笑)

↓  ↓  ↓

 

 

 

現在のところ、「私の内側のリビング」にはおよそ10人前後の年齢の異なる女性が居るのを確認しています。(※おそらくそのうち何人かはこのブログ運営上でも会うことになるでしょう。)全員一緒に居ることはありません。ランダムに何人かが各々勝手に好きなことをして、好きなことを言って寛いでいます。

 

 

これは、いずれどこかでもっと丁寧なお話が要ることだと思っていますが、この「私の内側のリビング」にはそういうわけで複数の女性たちが一緒に暮らしています。もちろん実社会の自宅リビングではなく、私自身の精神的なホームである、「私の心の中のリビング」です。

 

 

え。多重人格なの??

 

 

多重人格と言えば多重人格なのかもしれませんけれども、それぞれの別の個が私の外側へ飛び出して実社会での記憶や行動を支配するわけではないので、私の内側の中の世界だけで存在し、私の意識があるところで起こっている出来事であり、宗教的意味も特にありません。

 

感覚で言うと、「私」という人間性や人格を構成するための「重要な要素」を支配しているそれぞれの管理人のような人たちです。

 

 

◆主な「私のリビング」登場人物の女性陣はこちら

 

  • 「合理性と論理性」担当の、神経質で正誤にこだわる可愛くない人←「べき」が口癖   (合理論理さん)  

 

  • 「社交性と協調性」担当、立場が弱いけど最もバランス感覚があるユーモアな人     (ユニークさん

 

  • 「攻撃性と精神的欲望」担当の、頑なな我欲の人。この人の承認を貰うのが大事     (我欲さん) 

 

  • 「無気力と笑いと自由」担当の、常にドラクエをしているイメージ、世捨て人で楽観的   (廃人さん) 

 

  • 「愛と慈しみ」担当の哲学の人。出家系で幸せの解釈と他キャラの説得がうまい。    (出家さん

 

  • 「幼児性」担当のただただ甘えたい6-9歳の子←「やだ。」と「もん」が口癖で天真爛漫  (幼児ちゃん) 

 

  • 「忍耐・現実」担当の、無欲で中では従順な人←会社勤務担当者、元結婚生活維持者でもある(忍耐さん

 

  • 「官能的なジャンル」担当のランダム出現の人←叶姉妹みたいな人           (官能さん) 

 

  • 「怒り魔王のデストロイヤー」後にも先にも離婚前後と退職決意の一瞬しか出現していない人(デストロイヤー

 

  • 「悲しみ」の担当の人、「文章や絵をつくること」とも連動している人         (叙情さん

 

などです。プラス、外側で動く中野カンナ、つまり「私」

 

 

中野カンナ
中野カンナ

普段はソファーでペチャクチャおしゃべりしています。何か「問題」が起こると各人が意見をぽつぽつ言い、怒鳴りあって討論してる時もあります。外側の私は現在その決定事項に即して生きています。

 

 

 

彼女たちの存在に気づかせてくれたのも、私の場合は「PMS」であり、「美術」というものでした。若い頃の私はおそらく彼女たちの中でも「悲しみ」担当者の影響が強くあって、大学で造形にかかわる分野に属していました。彼女の感受性が鋭くなるときに、いいモノは生まれやすかったのです。

 

また、「美術」という分野でモノをつくることによって、彼女が抱えているこれまで無意味でしかなかった「悲しみ」が形になり、新しい意味や価値がもたらされる感覚がありました。彼女たちの存在とその価値に気づかせてもらえた事は、現在の穏やかで幸せな時間を構築する上で欠かせない「彼女たちとの対話」の実現を後にもたらしました。

 

 

◆離婚したのも月経とPMSがきっかけだったかもしれないという想い

 

そして、今思うと…まさかとは思いますが(笑)、

 

離婚をしたのも、実はPMSが理由かもしれない…

とちょっとうっすら思ってます。

 

 

中野カンナ
中野カンナ

ハッ!

 

PMS身体的な症状が出る場合と、精神的な症状が出る場合、その両方が併発する場合等、いくつかのパターンがあります。精神的な症状が出る場合も、私は「悲しみスイッチ(鬱症状)」がオンになりやすい体質だったように思えるのですが、「怒りスイッチ」であったり、「無気力スイッチ」だったりと、精神的なものだけでもいくつかの症状があります。

 

 

 

中野カンナ
中野カンナ

そして、かなり意識をしないと、本人はそれが「PMSによるもの」だと気づくことはありません。

 

 

 

一方、PMSが起こる時期、「内側のリビング」の住人の意思はいつもよりはっきりと見ることができる。

 

 

離婚直前の時期には、私には「怒りの大魔神」のような女性(?)が下りてきていました(笑)。彼女はこれまで私自身も存在すら知らなかった見たこともない新キャラであり、その人は離婚前後以外ほとんど人生において姿も見せない人です。ここまでの規模の「怒りの感情」を自分が持つということが想像できないというくらいの「怒り」という感情に対する最大値を経験した時に彼女が「私の内側のリビング」を支配していました。

 

 

ムスメちゃん
ムスメちゃん

ばぶ。

 

いつもの日常に居る「内側のリビング」のメンバーは彼女の大暴れにガタガタ震えて、当時はリビングの物陰に身を潜めて暮らしていました。(金属バッドで部屋中の家具を叩き壊しているイメージ)

 

そして、「怒りの大魔神」のような女性(?)が何をしたかというと、内側の家具を片っ端から叩き壊したあと、まだ気持ちが収まらず、「破壊活動」の衝動を外側の「私」にも誘発してきました。地獄から来たデストロイヤーという感じです。(笑)

 

 

もう誰も手を付けられない末期状態。

 

 

そして、彼女を主導にして私の守っていた家庭は叩き壊されていくことになります。

 

 

そして、あれよあれよという間に離婚成立。家庭崩壊。

 

 

 

 

もちろん、それだけが唯一の理由だったなんてことは思っていません。もっととっても根深い夫婦の長年積み重ねてきた問題がありましたし、PMSとは無縁のエリアで、私達夫婦は「詰んだ」のです。ただ、それを早期に決定し、何かしらを諦め、離婚へ舵切りしたきっかけをPMSが触発した可能性があると今は思っています。また、PMSに対する理解と知識がもし私と元旦那さんにあったら、きっと仲良し夫婦で過ごし

 

 

家庭を解散するような根深い問題もそもそも積み重ねることはなかっただろう。

 

 

と思うのです。だったら、あの時までに私自身が、そして元旦那さんも、ただ「その仕組み」を知っていさえすれば、起こらずに済んだ悲劇だったの??と。いずれにしても、若い時代の私は、女性なのにもかかわらず、

 

 

女性という生き物に関してあまりにも無知だった。

 

 

といえます。女子校育ちのきっと平均的に近い女性である私自身がそうなのですから、若い時期の男性が、自分自身に実体験も起こらないこの現象について、認識があるわけありません。

 

 

でも、それでは男女がうまくいくはずがない。

 

 

今ではこんな風にも思っています。このことは、性別の違う男性との間だけでなく、自分自身が関わる会社や家庭、友人といったすべての人間関係に影響を与える問題だと。逆に言えば、人生の質を考えたときに、これは

 

 

できるだけ早く知っておきたい、必修科目だということ。

 

 

中野カンナ
中野カンナ

意識ができてくるだけで影響が全然違う!

 

 

 

私の人生はもはや20代からやり直すこともできませんし、もう一回20代をやれると言われたって、大変なのでイヤです(笑)。でも、私が経験したこの、どこにでもいるような女性の経験を記録として残すことで、人と人がもっと理解しあい、愛情の意味を知り、幸せな家庭で子供たちが育つこと。子供たちがしあわせな幼少期の思い出を持って、元気に育っていく助けになれば、私はすごくうれしいなと思っています。

 

 

心のリビングに何人も人がいるとか全然普通じゃないし。異常でしかないでしょ。

 

 

と、もしかすると特に男性の方は思われるかもしれません。でも、一定の女性の方にはこの感覚がうっすらと伝わるのではないかと思うのです。何度も言いますが、私が残そうとしているのは、どこにでもいる一般的な普通の女性の人生に起こっている、ありふれた普通の出来事の記録です。ただ、確かにPMSの影響が私の場合は体質的に精神面に出やすかったのではないか?という想いはあります。

 

 

◆子どもたちに豊かな幼少期の思い出を

 

もうひとつ、私が母親としてとても気になっているのが、この平成末期の時代に生きる子どもたちについてです。とにかく目も当てられないような、とてつもなく凄惨な事件が多い。また、私自身がちいさな女の子だった昭和末期に比べ、母親として娘を育ててきた平成においては、少なくともココ「東京」はそうした意味で、とても子どもたちにとって「貧しい街」になっているのを感じていました。

 

 

ムスメちゃん
ムスメちゃん

保育園ではプールは私たちがうるさいから、真夏でも週3回までだったよ。

 

 

 

私の過酷な時代を支えてきたのは、豊かな幼少期の思い出でした。

 

 

私には割と強くこの実感があります。ここまで苦しくて険しい女道が続いても、今まで生きながらえてこられたのは自分にこの「幼少期の豊かな思い出」があったからだと。

 

 

私がこのブログを始めるひとつの大きな目標としては、私が日々綴っていくことの反射として、日本のどこかで、たったひとりの子のものであったとしても「幼少期の思い出」を守れることが出来たらという想いがあります。そして、女性に日々降り注がれる神様からの「仕掛け」をうまく「大人が」知ることができれば、それは多少なりとも、可能なのではないか?とも思っています。

 

 

 

 

また、併せて、険しい女道をいかにたくましく生き抜いていくか、まだまだ途上である道から、私なりの葛藤と闘いの記録と、現段階での考えを日々書いていければいいなと思っています。月経関連については、年齢が年齢のため、もう慣れたモノではあるので、これまでのこともできるだけ反省を込めてできるだけユーモアを交えて、語っていければと思っています。(実際はなかなか辛かったんですよw)

 

 

基本的には医療や科学的なことは専門家の見解を引用元を記して載せていきたいと思っています。一方で私の経験上の事実やそのうえでの体感、実感、感情については、そうした意味では科学的な証明や裏付けはありません。しかし、内側の声にできるだけ忠実に文字として再現していきたいと思っています。

 

 

 

 

次に訪れるであろう私の女性「性」としての未知のクライマックスは「閉経」なのかなと思っています。そちらに関しても、先輩の友人たちが次々に経験されているお話をきくと「なかなか手ごわい相手」だと聞きますし、あと10年後か15年後かはたまた5年後とかなのか分かりませんが、頑張って自分の体に起こるドラマチックな女道の変化を追っていければいいなーとおぼろげに思っています。

 

 

10歳に始まった月経とも、ようやく最終章のお付き合い。

 

 

つたない文章ですが、少しずつ読みやすいブログにできればと思っていますので、どうぞよろしくお願いいたします。

 

…ちなみに今日は私は〇〇回目の誕生日にして生理日2日目という、なんとも「女道」スタートに絶妙な血まみれのタイミングの記念すべき日です(笑)娘が人生で初めて母親の私に誕生日のケーキと手紙をサプライズで贈ってくれました。

 

 

 

 

手紙にはこうありました。

 

 

 

 

娘は、彼女の母親であるというただそれだけで、私の人生に対し、「楽しく生きられること」を望んでくれていると思うと、…なんて子どもの親に対する愛情は、けなげで大きいのだろうと、また改めて感じた本日だったのでした。

 

そして、私は改めて、周りがどんなに私をダメ母だと思おうが、これであってる。絶対にあってる。

それが今呼吸する意味じゃないか、と自分を励ましています。

 

中野カンナ

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