哲学者・デカルトの悩みと「我思う故に我あり」が導いた新しい世界観

◆悩んでいた偉人

今回は悩みまくっていた偉人として、哲学者のデカルトさんとその言葉を紹介したいと思います。

■フランス生まれの哲学者ルネ・デカルト

デカルトさんは合理哲学の祖、近代哲学の祖として有名です。学生時代に倫理や哲学の分野で必ず登場する、誰もが知る偉人でもあります。

 

デカルトの肖像画(ヤン・バプティスト・ウェーニクス)には持っている本に「mundus est fabula(世界は寓話である)」と書かれている。

 

■名前:ルネ・デカルト(René Descartes)
■出生地:中部フランス
■生年-没年:1556年3月31日-1650年2月11日(53歳没)
■研究分野:形而上学、認識論、数学
■太陽星座:牡羊座
■月星座:獅子座

 

デカルトさんは生後13か月で病弱だった実の母を亡くし、10歳の時にイエズス会のラ・フレーシュ (La Flèche) 学院という優秀な牧師と生徒が集められていた学校で学び、自身も優秀な生徒として成長します。

 

中でも数学はとても好きだったようですが、一方で歴史学文献学には興味がなく、さらに当時流行していた「化学」については「世迷い事の類」としていたという事は有名です。

 

化学に対しては、説明としての学知の体をなしていない、虚構にすぎないなどとして一蹴
―『デカルトと化学』ベルナール・ジョリ

 

数学は大好きなのに、化学は拒絶、というのが現代では少し不思議な感じがします。
ちなみにデカルトさんは「デカルト座標」という今でも一般的に数学で使用する「座標」の考え方や表記法を始めたということで数学界での功績を残しています。

 

現代の学生も使っているものを、てっきり我々は哲学者だとばかり思っていたデカルトさんが作ったというのは結構な衝撃でもありますね。

 

デカルトさんが教えられる学問として論理学・形而上学・自然学があり、占星術・魔術など秘術の類にも興味を持っていました。ここでも、化学は受け付けないのに占星術魔術はすっと入るというところで、現代とは全く違う価値観の世界がこの時代は繰り広げられていたことを感じさせます。

 

 

当時の哲学は神学の予備学として取り扱われていた背景があり、不確実な哲学を補完するものが神学という風に考えられていたそうです。

 

1610年(デカルト54歳)前後には「天文学の父」ガリレオ・ガリレイさんが、初めてガリレオ式望遠鏡をつくることに成功し、月のクレーター、木星の衛星4つ、金星の満ち欠け、太陽の黒点を発見しています。

 

■デカルトはあらゆるものを疑いまくり(懐疑主義)精霊を追放し近代のものの見方へ世界を導いた。

ここからは私の理解であるため、正確に詳細を理解したい方は独自にその興味を追っていっていただきたいのですが、出来るだけ難しくならないように行ってみたいと思います。

 

デカルトさんは現代の評価では近代哲学の祖合理主義の祖と言われています。デカルトさんの活躍以前の中世において、ものには精霊天使神の意思奇跡といった観念的な存在が介入する余地を残していました。

 

 

しかし、同時代がコペルニクスさんやガリレオさんが活躍する、新しい科学的な進化を遂げつつある時代であったこともあって、思想は数学のうちに見ようとする近代の科学思想の方へ流れていくことになります。

 

デカルトさんは物体精神を分け、物体は延長(広がりのあるもの)という以外の意味を持たないという単純化を図りました。

 

そしてその成立のための空間概念の変更として「均質な空間」(あらゆる空間が等しいということ)物体がある空間を占有するとき、その空間には他のものが入ることは出来ない(精霊などが宿って影響を及ぼすような余地はない)という概念を成立させ、

 

これまで存在した精神物体の間を浮遊していたさまざまな曖昧な存在を追放したのです。これによって、自然=もの となり、精神はものと関与しない純粋な精神であり、つまり思惟(心で深く考えること)という属性としました。

 

 

今の私たちからすると、当たり前のように思える考えですが、当時の世界観は世界と自分も区別されず、そこに迷信や人々の信念、思い入れ、精霊など、あらゆる観念的なものが混在して成立する「均等でない空間」が広がっていました。

 

デカルトさんはそこから「意味を取り去られた自然」としての「均一空間」を導き出し、そこで起こる現象について、例えば力学的な因果に支配される現象だけを取り出せるような土台をつくったという事になります。

 

 

信仰による真理の獲得という世界観から、人間の持つ理性を用いて真理を探究するという世界観へ導いたことが「近代哲学の父」と言われた所以です。

 

 

■疑いまくった挙句に唯一残ったのが「自分」だった。~我思う故に我あり~コギト・エルゴ・スム

そこまでの段階で、デカルトさんはあらゆるものの「存在」を疑いまくる、という事を徹底して行っています。

 

私は少しでも疑問をさしはさむ余地のあるものは全部、絶対的に虚偽なものとして放棄しなければならないと考えた。それは、そうしたあとで私の信念のなかになんら疑う余地のない何かが残るかどうかを見届けるためであった。

―『方法序説』デカルト

 

こんなに悩み、全てを疑いまくるデカルトさんの精神状態が大丈夫だったのか、私としてはそっちの方が気になったわけですが、とにかく端から端まで疑う「積極的懐疑」というものを行ったとされています。

肉体が与える感覚(外部感覚)
 →よく間違うので「疑」

内部感覚(痛い・味覚など)
 →本当か曖昧なので「疑」

覚醒と睡眠
 →目覚めていることを完全に示す指標がないので「疑」

計算(2+3=5など)
 →後から間違っていると分かるかもしれないので「疑」


 →実は欺く神で認知できる全ては悪霊による謀略かもしれないので一旦「疑」

 

 

絶対的な存在を示すものが、とうとう全て無くなるんじゃないかという悩みに悩んで絶望感を帯びたころ、デカルトさんはあることに気づきます。

 

私がこのように“全ては偽である”と考えている間、その私自身はなにものかでなければならない

引用元:wikipedia

 

これだけはどうやっても疑いようのない真実だ!!!
疑い続け考える時、私は真に存在している!!!

 

絶対に存在が確実であるのは俺!

 

 

月星座に「獅子座」が入っている感じがすごくする、大発見でもありました。

 

これが有名な

我思う故に我あり。
(私は考える、だから私は存在する)
コギト・エルゴ・スム
cogito ergo sum

 

現代の我々からしてみると、「存在」についてここまで有るか無いかで悩みまくる、というのは、「どっちでもいいじゃないかw」という一言で簡単に回避してしまえる悩みでもあり、なかなかの異常性を感じる様子でもあるわけですが、

 

よくよく考えてみると、「人の悩み」というものはいつの時代も他者からすれば、いつもそういうものなのかもしれません。

 

そして、誰も悩まない特別な1点に悩みまくったデカルトさんは、それまでの時代の世界観を変えてしまうような概念に繋がる「答え」を導き出したのですから、「悩み」がここでもまたブレイクスルーのきっかけとなったことは確かであるようです。

 

 

余談ですが、デカルトさんは、前述のように一旦は神という存在に対しても「疑」を下しています。しかし後に「神の存在証明」(Existence of God)も行っています。

 

それは、前述の仮定で提示した「欺く神」「悪い霊」を否定し、「誠実な神」を導き出すためです。ここにもデカルトさんがきっと同じように悩みまくったであろう事が推測されます。

 

だって、精霊や天使を排除しておいて、神という抽象的観念の存在だけは「有る」とするって、だいぶ難しい気がしませんかw

 

 

現代人からすると、神様なんて言うと「科学的でない」と、少し現実世界の判断能力が怪しい人くらいに特に日本では思われがちなので、そんなことわざわざするのか!?という感じですけれども(笑)、

 

歴代の哲学者や思想家たちは何度も何度も「理性による神の存在の根拠の提示の試行」を繰り返しています。

 

デカルトさんによる神の存在証明は下記のようなものです。

第一証明 – 意識の中における神の観念の無限な表現的実在性(観念の表現する実在性)は、対応する形相的実在性(現実的実在性)を必然的に導く。我々の知は常に有限であって間違いを犯すが、この「有限」であるということを知るためには、まさに「無限」の観念があらかじめ与えられていなければならない。

第二証明 – 継続して存在するためには、その存在を保持する力が必要であり、それは神をおいて他にない。

第三証明 – 完全な神の観念は、そのうちに存在を含む。(アンセルムス以来の証明)

引用元:wikipedia

 

カキコにはよくわかりませんw

 

しかし、ひとつだけ分かったこととして、「我思う故に我あり」は、きっと神の存在証明によってこう変わったはずだという事です。

 

我思う故に我あり、あと神様もね!

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