中学生の娘に母親が性教育をしてみた話「女の子」もう1つの闘い

◆子育てのはなし

今回は、コロナで自宅待機中の中学3年生の娘と、日常の他愛もないお喋りの延長で母親から娘への自然な「性教育」が出来たというお話です。

私の幼少期に襲った中軽度の「性被害」の経験談を踏まえ、女の子に「親が」性教育をすることの大切さ危険から「女の子」を守るためには?という事を私なりにかなりガッツリまとめました。

  1. ◆新型コロナ生活で改めて思ったこと~誰のために命を燃やすか
  2. ◆娘のおしゃべり~母親が伝えたいことの伝授には子供が気楽に会話が出来る環境から
  3. ◆中学生の娘との日常のおしゃべりから「性教育」に関わる話へ~母親だからこそ子供に伝えられること~おすすめ題材
    1. ◆「性教育」の話のきっかけは、10代高校生の女の子が妊娠するというニュースから。ママセミナー第1回講座開始!
  4. ◆自分の子供である娘に「性教育」をするのは「母親である私の使命」だと思ってきた背景。いつから?
    1. ◆しっかり者の長女として厳しく育てられて、深刻なことほど相談できない子供になってしまった思春期
    2. ◆責任感の強い子供は親に相談を出来なくなることが多く、相談できない子供は、判断を間違う危険が高くなる。
  5. ◆女性の人生の前半は「性的搾取」と派生する問題から、いかに女の子として自分の身を守るかがテーマのような気がする。
  6. ◆親から「性教育」されなかった私が小学生、中学生で体験した大人からのいくつかの性的被害
    1. ◆なぜ、中学生で15歳の私は性的事件に巻き込まれたのか?外国人男性について行ってしまった理由と背景を考える。
    2. ◆最初に自覚させなければならないことは2点、「自己防衛意識」と「自分の性的価値の自覚」いつまでに?
    3. ◆小学校1年生7歳の時の誘拐未遂事件のあとの子供の心
    4. ◆中学校3年生15歳の時の性的被害のあとの心
  7. ◆中学生・高校生・大学生・成人しても、子供が相談できる親でいよう!コロナGWに親子で「性教育」に繋がるお話をしてみるのも!

◆新型コロナ生活で改めて思ったこと~誰のために命を燃やすか

 

こんにちは。中野カンナです。

 

 

新型コロナ大流行の終わりが見えてきたのか!?東京新規感染者数39人→112人というGW入りで正念場といったこの頃ですが、みなさまコロナ生活での特別な時間をどう過ごされているでしょうか?

 

最近巷では自宅での「パン作り」がブームになっているらしいとか、飲食店救済のための「募金」が話題となったり、ソーシャルディスタンスを守る形でのジョギング族がいるらしいということなど、この時間の中でも「それでも生きる」「大切な人と」「力強く」というメッセージが少しづつ出てきている印象がします。

 

 

コロナが与えている、この特別な時間はホントに

これから自分の命を
誰のために燃やして生きるか

という問いを私たちに与え続け続けている気がします。

 

コロナが与えてくれたものとは?

新型コロナウィルスが教える~国家・個人の自立と意思選択の重要性
「新型コロナウィルス」の世界的大流行から、国家や個人の自立と意思選択の重要性について私がここ数週間考えていたことをユルく、でもアツく語っていきます。

 

中野カンナ
中野カンナ

私も考えてみました

 

私に関しては、まずは両親との時間、残されている限られた時間の中で「家族の思い出」を噛みしめていくこと

そして、

日本の子供たちが豊かに暮らせるように
女性が生き方を少しでもたくましいものにしていけるように
これまで泣きが多かった団塊ジュニア世代が輝けるように

 

変わりゆく世界の中を励まし合って、共闘することへ自分の余生を燃やして生きていきたいという気持ちを、改めて強く思うこととなりました。

 

いずれ我が子もニワトリになる。

 

私の人生は今のところが自立してしまったら伴侶もいませんので、今度はの足を引っ張らないように生存する以外に、このままですと生きる目的が無くなってしまうことになります(;’∀’)

 

なもんで、何かしらの活動を通して、思い入れのある人々へ後の人生は使って、またその活動によって子育てが終わった女性がどうその後の人生を有意義なものにしていくか?ということにもつなげていけたらいいなと思っています。(まだポワンとしててスイマセン)

 

コロナに遭遇して改めて、
「誰か」に支えられて自分の「生」は意味あるものになることを痛感します。

 

 

◆娘のおしゃべり~母親が伝えたいことの伝授には子供が気楽に会話が出来る環境から

 

さて。

相変わらず、ピカピカ元気だけが取り柄の我が娘・・・。

 

ムスメちゃん
ムスメちゃん

おっはよーん♬

 

中野カンナ
中野カンナ

お、おはよう。(マジ、いい加減べんきょうしろよww)

 

やっぱり今でも心の中では一向に勉強しない我が家の受験生に若干の不安を覚えつつ、(前回の話参照)「不安を脱するには行動しかないっ!」とかなんとか言って、私は私で自分の戦いに集中する日々でした。

 

そんな中、はというと、ランダムにやってくると思われる「ご機嫌タイム」に私の仕事部屋へフラッと遊びに来て、こちらの状況もお構いなしでマイウェイなおしゃべりをして、たまにお菓子をたかって帰っていく・・・という日々でした。

 

チョウチョかなんかなのw

 

 

でも、娘が成長するここまでのとても長い間、私はほぼ会社と自宅の往復生活であったことや、自宅では離婚以来、帰宅と同時に瀕死状態だった為(玄関で靴を履いたまま気絶して寝ていたこともあるほど)

 

がテンション高く、他愛もないおしゃべりに仕事部屋へ来てくれること自体、私にとっては「取り戻している感」があって癒しにもなってました。も直接そんなことは言ってはきませんが、チョッピリとの時間が嬉しそうな気がしてます。

 

とはいえ、スタート当初、私のAdSense 収入月106円とかだったんで、
※月額収入です

 

ムスメちゃん
ムスメちゃん

ママ―。今日はいくら働いた?

 

中野カンナ
中野カンナ

20円だよ

 

ムスメちゃん
ムスメちゃん

えー!ヤバくない?

 

など、普通に会話としてありました(笑)今では無事、会社員時代の給料は超え、母子がぜいたく言わずに暮らしていけば何とかなりそうな収入に一応達しました。(いつどうなるかは分からないですが。)

 

■私の提案するAdSense スタートお話はこちら↓

会社退職しないで副業構築!AdSense収益を出す為の後出し案
会社を退職せずに副業構築としてGoogle AdSense 収益構築することにあたって、どんな事に気を付けてトライしていったらよかったか、どんなやり方がベストだったか?ということを後出し案として振り返って考えてみました。

 

とても不思議なのが、母が会社を辞めて月額106円の収入となったら、私が中学3年生の時だったら青ざめていた場面かと思うのですが、うちの娘はどうもそういう所が私よりかなりタフで、「母がもっとGoogleさんからお給料を貰えるように」と、夜な夜な手作りお菓子を作って「ごほうび」と言って応援してくれたり(母、影で泣く)、

 

学校でこんなことがあった、あんなことがあったと明るい気持ちにしてくれるような話をしに来てくれたりして、の選んだ「無謀な道」をほかの誰よりも純粋に応援してくれていました。

 

 

絶対に諦めるわけにはいかない。

 

何度も挫折しそうな私に、そう思わせてくれたのは他でもないでした。

会社を辞めてからは、割とそんな他愛もない会話をする日々が長く日常でしたけれども、今回は完全にそれが功を奏しました

 

■会社を退職した背景に就職氷河期?の話はこちら↓

バンジー退職の背景に就職氷河期世代の仕事観/会社・辞めて1年②
バンジー退職という、別の仕事もなく会社を辞めることができた理由や背景に就職氷河期というの団塊ジュニア絶望ロスジェネ世代特有の時代について考えました。バツイチ子持ちの私が2018年に会社を辞めて、半年で会社員給与を超えた現在までの1年間の回想

 

◆中学生の娘との日常のおしゃべりから「性教育」に関わる話へ~母親だからこそ子供に伝えられること~おすすめ題材

 

はいつものように「ご機嫌タイム」に突如、私の仕事部屋に現れ、こんな話を切り出しました。

「ねえ、ママ。16歳でケッコンってしていいの?」

私「男の子は18歳、女の子は16歳で出来るよ。」

「じゃあ、16歳で赤ちゃん産むのは?」

 

ムスメちゃん
ムスメちゃん

ままー!

 

私が一瞬「!」という顔をしたためか(笑)、は慌てて話を付け加えました。

 

 

◆「性教育」の話のきっかけは、10代高校生の女の子が妊娠するというニュースから。ママセミナー第1回講座開始!

 

娘の話によると、どうやら女子中学生には有名だと思われるモデルの16歳の女性が、交際中の17歳の男の子との間の子供を妊娠し、現在8ヶ月であり、結婚する予定というニュースを見たことだったようです。

 

としては自分と1歳しか違わない女の子に突然起こった出来事にビックリして駆け込んできたようです。そのニュースはこちら(外部リンク)

 

性教育の機会は
向こうからやってくることがある。

 

そこから1時間くらい、私は仕事の手を止めて、母と娘のお喋りタイム「性教育」の時間とすることにしました。今回話した事としては、主にこのような内容でした。

 

10代の男女で子供をもった場合にその後、想定される困難

産後育児がどれほど過酷であるか

●性感染症と私の体験した子宮頚部高度異形成(子宮頸がんの一歩手前)の話
HPVワクチン接種をしてもらいたいと思っているという話

●彼氏を作るのはいいが、自分で経済的に育てられる基盤ができるまで必ず避妊すること

望まない妊娠で泣くのは、いつも女だということ
●映画『まだ見ぬあなたに』の予告編動画を一緒に視聴
●望まない妊娠をした女性の選択肢『中絶』『死産届』『特別養子縁組』という話

●もしも、何か困ったときには、言いにくいことも必ず相談してほしい一緒に考えたいという内容。

あなたはママが自分の人生を懸けて、大切に育てている娘なんだということ、だからママの宝物でもある、自分のことは絶対に大事にして欲しいということ。

 

 

まだ、話しきれてない細部も多くありましたが、ざっと最低限伝えたいことは伝えることができた気がしています。コロナ生活で最もが有益な勉強をした日かもしれません。。。

 

コロナ生活だからこそ
できた事かも?

 

これまでも、生理の事ホルモンの事生理前に気をつけなければならない事などについては都度、娘とは話せる関係でした。そちらは私が一方的に母親の責務として気合を入れて喋ってしまったため、「はいはいはい」というあまりちゃんと聞いて貰えていない感の会話になってしまっていました。

 

でも、今回は子供のタイミングに合わせたことで、これまでよりも心理的にハードルの高い内容だったにもかかわらず、お互い和やかに上手く話し事が出来ました。一方的に情報を与えると「説教」のようになってしまうので、「どう思う?」「どういう選択肢があると思う?」など質問を入れていくとよさそうです。そういったことを多く繰り返していた末の今回だったのかも?しれません。

 

生理・PMS関連の話はこちら↓

生理を制すれば女性「性」を制する!?PMS離婚も?種類と症状
生理とPMS(月経前症候群・月経前緊張症)の種類と恋人との別れや離婚へも影響を及ぼしかねない主な実体験ある女性側の症状について列挙しました。幸せにしたいのに彼女の気持ちが全く分からないという男性にも是非知っておいてもらいたい内容です。

 

ここまで踏み込んだ内容となると、親の私しかできない授業なので、ひとつ、親としてやらなきゃならないと思っていたことができた気持ちでいます。また、自然とその話に導入出来たことはとても良かったですし、親子でこのモデルさんの妊娠、出産結婚のニュースを話題に「どう思う?」という所から親子で話をしてみるのもいいかもしれません。

 

■親子で「性教育」の話題をする際におすすめの映画『まだ見ぬあなたに』はこちら↓

映画『まだ見ぬ あなたに』10代妊娠と少女の葛藤と社会の無理解
映画『まだ見ぬ あなたに』10代の少女の妊娠と目の前の社会の無理解。現実の残酷さに直面する本人の葛藤だらけの心境のギャップ、まだ判断能力が未熟な女性が直面する人生の危機について描いた作品。色々な世代へ届き、時代を動かしていくことを祈ります。

 

今回の母親授業は、それでも内容が少しヘビーだったので、母が19歳の時に一度、中絶経験があるという事についてはまた次回以降の保留としました。段階を踏んでもう少し現実味を帯びた時に、必要そうであれば伝えられればいいなと思います。1度ではなくて日常的にこのような話を盛り込んだおしゃべりができると、また理解が深まるのかなーと思います。

 

我ながら、
今回の授業の出来栄えは


なかなかの手ごたえ。

 

もうひとつ、意外だったのが、子供というのは親の若かりし頃の恋愛話や恋愛エピソードなどについて、とても感心があるものなのだなという事でした。私の中学生、高校生時代の恋愛などに興味津々でした。

 

ムスメちゃん
ムスメちゃん

ママが中学生だったとかウケる!

 

当時の恋愛とその終焉について語ると・・・。

「超ママっぽーい!ひどい!」
私「だってダメンズなんだもん、しょうがないでしょうよ。」

「ざんこくー。ママがダメンジョに思えるんですけど!」
私「正解!するどい!自分がダメなうちは結局ダメンズしか来ないのよ。当面100%ダメンズだと思った方がいい(笑)全員スライムからスタートよ。がんばって!」

 

 

「えー。ママもう一度最初からやるなら何歳でケッコンする?」

私「しらんがなwwでもさ、男の子も女の子も傷ついて流したが強くするし、人間的魅力を形成するものなんです。好きになること自体は素敵なこと。そこから転んでも転んでも立ち上がること。あと、女の子の場合は男の人やお金で再起不能な転び方をしないことよ。」

・・・など大変な盛り上がりしていました(;’∀’)。

 

 

◆自分の子供である娘に「性教育」をするのは「母親である私の使命」だと思ってきた背景。いつから?

 

私は娘が「女の子」だと分かった時から、一定の年齢になったら表面的なものではなく、きちんとした「性教育」を母親である私がしようと考えていました。

 

 

それは私自身に中絶経験があるという事も理由のひとつでしたが、それと同じくらいの理由として私と私の母との親子関係にある種の残念感があったからです。

 

 

◆しっかり者の長女として厳しく育てられて、深刻なことほど相談できない子供になってしまった思春期

 

私と私の母親の関係はちょっと見えない精神面が複雑で、外部評価を最優先する「権威主義的」な母とは元々あまり相性がよくありませんでした。それに加えて私の弟がとても年齢が離れて生まれたものですから、長女の私は思春期からしばらく、最も感性が多感な時期に「捨てられた気持ち」のようなものを持っていました。

 

 

また、母は私を育てる時には大変厳しくて「自分のことは自分で」「人に迷惑をかけないように」その時代の色も確かにあったでしょうが、とても気難しい母親でした。父親も可愛がってくれてはいたものの、私の幼少期はかなりじゃじゃ馬だったこともあって、毎日殴って教育していました。

 

昭和の子はみんな
叱られて育ってた気がする。

 

ところが弟に関しては、親としても二人とも成熟してから出産した子供だったこともあって、「溺愛」して育て、おまけに待望の「後継ぎ長男」。気づいた時には私は、家族の中では存在意義のない子になった感覚がしていて、母親にも何も相談をしない子供になっていました。

 

正直、隠していても
男の子しか好きじゃない母親
というものは存在する。

でも、それはもはやサガみたいなものだから、悩んでも仕方のないこと。運命だと割り切るしかない。

 

 

弟誕生という問題以前にも、私は幼少期から色々な中軽度の性被害にたびたび遭っており、7歳、8歳の時の事件(後述)に関しては、子供として真剣にその恐怖について母親へ話したものの、母は困った顔をするばかりで、あまりきちんと扱って貰えなかったという事がありました。なぜか父には言わないでおくとも言われました。

 

そこから「こういう、親が困るへんな問題を相談してはいけないんだ。」というような気持ちを7.8歳という年齢で抱いたことを記憶しています。

 

余談ですが、

この時の感情を引きずっている内面キャラが1人幼児として残っています。内面のリビングのキャラクターは人生の内で強い感情を消化できなかったような体験が生んでいる場合がある気がします。

 

この子の場合は完全にそのタイプのキャラクターで、おそらくちょうどこの時期の、毎日叱られて殴られ続けた挙句に性的被害にも遭っていた前後の体験から起こっていることから、7.8歳のままという感じです。

 

ぴょんちゃん
ぴょんちゃん

はーい。

 

7.8歳なのに、私と最も長いお付き合いの最古のキャラとなっています。「は?」という方も大勢いるかとは思うのですが(;’∀’)、自分の心の中に住んでいるキャラクターにとても小さな少女がいるという女性は大変多い気がします。(私と内側のリビングキャラについて話した事がある女性には100%存在)
その場合は、その子との対話が特に大事になってきます。

 

内側リビングのキャラクターについてはこちらでお話しています↓

生理を制すれば女性「性」を制する!?PMS離婚も?種類と症状
生理とPMS(月経前症候群・月経前緊張症)の種類と恋人との別れや離婚へも影響を及ぼしかねない主な実体験ある女性側の症状について列挙しました。幸せにしたいのに彼女の気持ちが全く分からないという男性にも是非知っておいてもらいたい内容です。

 

◆責任感の強い子供は親に相談を出来なくなることが多く、相談できない子供は、判断を間違う危険が高くなる。

 

とにかく母親には
いつも深刻なことほど相談できない。

 

 

その後、15歳で遭った事件(後述)、さらに19歳での中絶に至る出来事に関しても、同じ家に住みながらも実の母なのに一言も相談できないという精神的な結びつきの薄い親子関係のままごく最近までに至っています。(直近で言うと、会社を辞めたことも3か月以上報告してませんでしたw)

 

■会社に所属するという生き方を諦めた話はこちら↓

「会社組織」辞めて1年①退職までのやめたい理由とその後の半年間
会社組織をやめたい!と思った理由と、退職後から半年間について振り返りました。今回は、バツイチ子持ちの私が2018年に会社を辞めて、半年で会社員給与を超え、現在までの1年間を振り返るシリーズその①です。

 

・迷惑をかけてはいけない
・ガッカリされたくない
・きっと知ったら困る
・自分で出来るところまで耐えるべき

 

以前紹介した映画『まだ見ぬあなたに』でも言えることですが、自分で何とかしようとする子供、つまりは責任感を強く植え付けられている子供ほど、大人へ「助けて」が言えなくなる傾向があるように思います。

 

映画『まだ見ぬあなたに』の主人公の女の子に関しては、大人に相談できなかったばっかりに10代で妊娠に至っただけでなく、中絶手術が出来る期間を越えてしまった事で、ひとつの選択肢を失う結果となっています。

 

 

私の19歳の時の中絶に関しては、自分自身の精神的ダメージが人生の中でも特に大きかったことから、

そのことについて「話さない」と決断したのは自分自身でしたけれども、心の奥底では母親に相談できる親子関係でありたかった、傍にいて欲しかったという気持ちが強くありました。

 

その為、それを娘に許してくれなかった母親に対するちょっとした憎しみのような気持ちも、かなり大人になるまで長く持っていた気がします。(今はようやくこの年齢になって、存在してくれている事のありがたみ、弟の育児でそれどころでなかったことも分かる気はしています。)

 

■私の中絶経験関連の話はこちら↓

10代の妊娠・中絶決意までの状況と心境回想~人生最初の大恋愛②
10代後半の恋愛で経験した「妊娠中絶」体験について当時の状況と心境、記憶を回想し、今現在のそれを踏まえた上で思うこと、考えを語ります。

 

また、私の母親は私に対して「性教育」のようなものは結局、人生で1度もしませんでした

女性特有の生理に関する話や妊娠出産の話はしましたが、
「性の話」=ノータッチ を貫き通していました。確かに、いつから?どう話していいのか大人側も戸惑うのが「性教育」ではあると思います。

 

ですが、私はここまでの自分の女性として生きた人生を振り返った時に

絶対にするべき。

と思っています。理由としては、人生経験の少ない子供たちは、色々な意味で怖いもの知らずであり、戦いに際し全員「素手」でその闘いを始めるからです。

 

広大なサバンナに行ってみたい!
と夢見る
生まれたばかりのコジカ状態

 

 

親が性教育をしておくことは「素手」の戦いからスタートという現実は変わらなくとも、「秘伝の知恵書」「おまもり」を持たせてやることが出来ます。

 

今回のとの経験で、「性教育」をきちんした形で伝えるには土台として「親子関係」が何よりも大事になってくるという気がしました。何でも話せる関係性、信頼関係でないときちんと伝えることは難しいのかもしれないとも思いました。

 

◆女性の人生の前半は「性的搾取」と派生する問題から、いかに女の子として自分の身を守るかがテーマのような気がする。

 

自分の子供に対してさえ、ここまで直接的な表現で話すことは、私でも未だに正直まだできませんけれども、「女性と性」の問題女性の人生の前半で大抵の場合は絶対に逃げられないテーマの一つになってくると主観ですが思っています。

(もしかしたら私が東京の都心部生まれ、都心部育ちだからより顕著であったのかもしれません)

 

 

何故なら常に
若い女性は

ハイエナに狙われているから。

 

こんな言葉の表現は、あまり読んで心地の良いものではないかもしれませんが、今の日本の現実を見ていくと正直、子供たちにとってはこの表現が妥当だとも思っています。

 

 

大抵の親は、自分の子供達に対してディズニーランドのような夢や希望やおとぎの国をたくさん見せることはあっても、「残酷な現実」からは出来るだけ近づけないように子供を守って育ててきています。

 

子供たちが安心した気持ちで情緒を育んでいくことはとても大事なことだとは思いますが、そのままの状態で虎もライオンもも猛毒をもつキングコブラもいるような戦場へ放つのは、特に現代はとてつもなく危険なことだと思っています。

 

 

丸腰でキングコブラよ?

 

ですから、「女の子」に対して

母親として教えなければならないことの最重要項目はどう考えても「性教育」であり、その中でも第1に「身を守る意識を持つための「本人の自覚」でもあると私は思っています。

 

 

◆親から「性教育」されなかった私が小学生、中学生で体験した大人からのいくつかの性的被害

 

私は少女時代にいくつかの軽中度の性的被害に何度も遭っています。最悪な状況ではないのと、たまたま私が立ち直りの早い人間だった為、まだ比較的被害としてはそれでもマシな方ではあるかと思いますが、

一歩間違えれば、私は今生きていなかったかもしれないという思いもよぎります。これでもまだ運がよかった方なのだと思います。

 

 

カラダが狙われているのだ。

 

15歳の時に起こった事件をきっかけに、私はこの事をはっきりと自覚することになりました。大人からすれば、「当たり前のこと」だと思いますが、まだ少女である頃の私には「自分が性目的として成立する」という事自体が受け入れきれていないようなところがありました。

 

これらの記憶を辿っても言えることですが、女の子にとって最も危ない時期「それ」をそもそも自覚しきれていない、人間としてまだかなり幼い時期、自分自身ですらまだ「性的対象となりうる」などと全く自覚がない時期だろうと思います。

 

 

私は7歳の時には20代後半程の長髪ロリコン男性に2度、同一人物から痴漢行為に加え、誘拐未遂に遭っています。誘拐未遂の10日ほど前にはたまたまかもしれませんが別の男性「写真を撮らせて欲しい」と習い事の帰りに写真を撮られていました。変だなと子供ながらに思いましたがその日は写真を撮られただけでした。(このことを母に告げたかどうかは不明)今から思うと、これらはとても日数的に近いことから関連した事件で組織的な犯罪だった可能性もあります。

 

それからしばらくして、同じ7歳8歳の時には、今度は杖をついている推定75歳超のお爺さんから真昼間に声をかけられ、道端で痴漢被害に遭っています。

痴漢行為に及んでいるお爺さんに対し、「やめてくださいって言わなきゃ、やめてくださいって言わなきゃ」とパニック状態で自分を説得していたことを覚えています。小さな声で今にも爆発しそうな心臓を抱えながら

「・・・やめてください」

と小さな声でようやく私は言いました。何事もなかったように老人は去っていきました。

 

まだ完全に幼児の時。

 

その時はあまりに私が小さすぎて、「痴漢行為」という概念自体が頭になく、いったい何をされているのかも全く分からないけれど、とにかく怖いし、よくない事のような気がするし、止めて欲しいと思ったを覚えています。

 

 

そこから15歳までは、活発な女の子だったためか特に危ない目には合わずに済みました。

 

15歳(中学3年生)の時には、さらに私があまりにも平和ボケ女子だった為、日本語を教えて欲しい、そして英語を教えてくれるという外国人男性と図書館でたまたま知り合い、あろうことか誘われるままノコノコ自宅付いて行き、当然、襲われそうになりました。

 

というか、ほぼ襲われたに等しいです。その男性の家は、私の自宅から10分圏内のエリアだったことにさえ、往路では親近感を覚えていた気がします。

 

 

実際はたまたまその日、私はデニムパンツを履いていた為、最悪の事態は免れました。けれども人生のファーストキスを無理矢理奪われ(唇が内出血するほどだった)その間も格闘技の試合かと思うほどの力でお互いに攻防戦となり、

そのうちに相手男性は私の太もも辺りのデニムパンツへ自分の体液を大量にひっかけました。(今思えば、警察へそのまま行って物的証拠として提出し、告発すべきでした。)

 

想像もしなかった
数々の出来事に
後から震えが止まりませんでした。

 

 

体液をかけられたデニムを履いたまま、私は「勝手にひと段落ついている外国人男性」を置いて、恐怖でガクガクしながら自宅へ逃げ帰りました。

その外国人は私が帰ろうとする最後に「please believe me(ぼくを信じてください)」と言っていました。どこをどうやったらそんな人間を信じられるというのか。今思い出しても毎回、悪夢の映像が再生されるたびに「アホか!」と叫んでしまいます。

 

 

そのデニムは母親に買って貰ったもので、私の当時のお気に入りだったのですけれども、そういった事件があり、自宅へ帰ってから母親に気づかれないように急いで風呂場で泣きながら洗ったのを覚えています。そして、二度と履くことはありませんでした。

 

でもこれらは
はるか昔の東京の話。

 

これらは現代の話ではなくて、中学生の子供のいる私が小学生、中学生の時代だった頃の話です。あれから何十年も経って、日本の性産業に関するメディアはどんどん子供たちの目に届くところへも歩み寄り、より過激に暴力的なものへとなっていきました。そうした歪んだ性表現で育った青年が大人にもなっている時代です。

 

 

私の時代でさえこれだけの状況があった事を考えると、今の子供達がとてつもなく大きな危険にさらされていること想像してしまうのは私だけでしょうか。

 

■性産業求人誌『バニラ』の話題はこちら↓

『バニラ』高収入風俗求人ゆるキャラがうまい棒を配る日本の性社会
『バニラ』という高収入風俗求人誌のゆるキャラが街中でうまい棒を若い「女の子」たちに配る光景。日本社会が許し続ける「性」に対するカジュアル化の問題について、娘を育てる立場としうるさい街宣車、キャラクター営業の問題を取り上げました。

 

◆なぜ、中学生で15歳の私は性的事件に巻き込まれたのか?外国人男性について行ってしまった理由と背景を考える。

 

しかし、それにしてもです。

7.8歳の事件については避けられなかったとしても、15歳の時の事件。なぜそんな、大人からすれば危険しかないような行動「飛んで火にいる夏の虫」のような状況に、15歳の私は全く疑うこともなく足を踏み入れたのか?と改めて考えてみました。

 

思い浮かぶ事として主に次の3つが理由だったと思いました。

 

①「外国人の友達(居場所)が欲しかった」
②「1対1で、人が自分を襲うという事を考えたこともなかった」
③「自分のカラダに性的価値があるという認識が無かった」

 

当時の私は私立の女子中学校に通っており、そこは英語教育がとても盛んな学校でした。そのため将来は国際関係の仕事をしたいという夢をほのかに抱いていたことからまず①のような事を考えていたように思います。それに、それまでに学校で出会った交換留学生の外国人や先生方は当たり前ですが皆親切で優しかったからだと思います。

 

 

その外国人男性が図書館ではとても根気よく教えてくれていたことも理由でした。日本語にもとても熱心だったため、私も役に立てるのではないかと感じていました。

 

でもこの一連の事件から、私は将来 国際関係の仕事をするという気持ちは微塵も無くなり、もうひとつ、「信じて」とか「信じる」とかいう言葉を簡単に口にする男性に対して、生理的拒否反応を持つようにもなりました。

 

 

ここでもう一つ、「女の子」を育てるうえで気を付けなくてはならない事として、家庭において存在価値を認められない女の子はしばしば「居場所」を外に求めようとする傾向が出てくるという事です。それは「家出少女」「パパ活女子高生」などを見てもとても顕著な共通点です。単純にお金の問題ではない事がある。

 

そして大抵の場合、
それを与えてくれるのは
下心のある自分より大人の「男性」という構図が生まれる気がします。

 

これは若年期の恋愛でもそうだったなと、10代、20代前半の自分を振り返った時に思います。

 

15歳の私はこの事件の外国人男性を図書館で会った時に、全く異性として見ていませんでしたが、私も役に立てるのではないかという感情は、その当時の私の中で、小さな希望のように見えたということもあったのかもしれないと思うのです。(ちょっと記憶が古いのでこの辺りは定かではありません)

 

そして、問題は無防備に付いて行ってしまった理由の②と③だと思います。

 

 

◆最初に自覚させなければならないことは2点、「自己防衛意識」と「自分の性的価値の自覚」いつまでに?

 

中学生になった子供の性教育において、「女の子」に最初に教えなければならない大事なところは先ほどの理由としてあげた②と③である気がします。

 

 

②「1対1で、人が自分を襲うという事を考えたこともなかった」
③「自分のカラダに性的価値があるという認識が無かった」

 

②に関しては私の場合、完全に自分の身を守るための危機防衛意識が足りませんでした。いくらいい人そう、知人であっても、男性と密室(車も含む)で二人になるような場所に行ってはいけないという基本を、まったく認識していなかった気がします。誘拐防止のために子供たちが習う「知らない人について行かない」がここで効力を発揮しなかったのも

「知らない人」ではなく、ここでは私の中で「友達」になってしまっていたからです。

 

また、小学校でも引き続きセーフティ教室などが現在行われていますけれども、そこで行われているような内容は「中学生以上になっても同じ」という事を自宅でも繰り返し伝えることが大事だと思います。

 

【いかのおすし】
いか…知らない人についていかない
の…他人の車にらない
お…おごえを出す
す…ぐ逃げる
し…何かあったらすぐらせる  

引用元:小学校のセーフティ教室

 

ALSOKあんしん教室(外部リンク)

 

さらに②に至った原因が③でもあります。自分ではまだ小学生からの延長の子供のような気分でいても、女の子であるだけでもう性的価値が存在し、あらゆるところあらゆる手段でそれを奪おうという悪魔のような人間がこの世界にはたくさんいるいう事実。

 

これを当時の私は
全く分かっていませんでした。

 

これをどう教えていくかは難しいところですが、子供の様子に合わせて中学生くらいにはもう出来るだけハッキリと教えておいた方がいいと私個人的には思っています。もはや今の日本ではきれいごとでは子供たちは守れないという現実があります。

 

 

そして、その際に親側は突然意を決して「重要なこと!」と話し出すよりは、お子さんとの普段の話や何かしら自然なタイミングを利用して話をした方が良い気がします。(今回の娘との経験から感じたこと)

 

 

◆小学校1年生7歳の時の誘拐未遂事件のあとの子供の心

 

私が7歳で誘拐されそうになった時も、お爺さんから痴漢に遭った時もそうでしたが、正直、起こったことが現実とは思えないような、意識が異空間へ行ってしまったかのようなパニック状態がしばらく続きました。目の前がずっと貧血前のように星が飛んでずっとチカチカしている感じです。

 

 

それは15歳の事件の時には起こらなかった現象でしたが、7歳、8歳の時に起こったそれぞれの事件の際には、その後2週間ほど前述の意識がここにない、ふわふわした完全なノイローゼ状態が続き、キーンと耳鳴りが続いたことと時間がおかしい流れ方(早いリズムで自分以外の周りが動くような感覚)になっていました。

 

 

事件に関することも、朝起きるたびに「あれは夢だった気がする」と事実であるにもかかわらず、脳が調整してショックを和らげようとしているかのような現象があった事も感じました。事実だという事は分かっているのに、どんどん事実の記憶が現実と夢の境界を越えていくような感覚がしていることを当時も不思議に思っていたのです。

 

「その方が楽だから、もうあれは夢だったと思おう」と自分に言い聞かせている自分もいました。(つらい記憶を生きやすいように睡眠中に調整する作用がある気がすると私が言うのはここからの話でもあります

 

7.8歳でここまでの大人のような判断や分析をしているのも今から思うと不思議です。けれども、一方でこの時の私にはまだ「相手の狙い」というものについては全く分かっていませんでした。

 

 

どうして?こんな目に遭ったのかということも、7歳でしたから考えていなかった気がします。何も危険を教えなければ、子供は警戒もできず、絵本のような「おとぎの国」から一気に残酷な現実へ突き落されます。

 

それからの私は毎日ただただ恐怖の記憶を一刻も早く忘れたいという一心でした。その後、幸い私は普通の感性を取り戻すことが出来ましたが、子供によってはあまりのショックの大きさで元の何もなかった時間の自分へは戻れない子だって出てくるのではないかと思います。それほどの恐怖体験でした。

 

時間の経過しか
解決しようのない心の傷

 

 

誘拐されそうになった記憶はその後、大人になっても相手の言葉そのシーンが断片的に私の中に残り映像の再生を続けました。

 

事件から何年かして、日本国内では小さい女の子が事件に巻き込まれる報道がどんどん増えていきました。自分もあの時、あるいはこの子たちと同じような運命になっていたのかもしれないとニュースを見るたび毎回思い、どれほど怖かっただろうと小さな女の子が、遠いあの日の自分のように思え悲しくなります。

 

私が誘拐されそうになった事件で、相手の犯罪者は警察へは通報されず、野放しになりました。この時、私は母親へ一生懸命にそのことを話したのに、7歳の子供の話は忙しい母には届かず、話半分にしか聞いて貰えなかったからです。

 

自分の母親について悪く言いたくはありませんが、特に幼少期は何かあってからでは本当に手遅れであり、私の場合、事件の前には写真を撮られるという異常な出来事があったり、事件後通報していれば、2回目にその人物に遭遇する被害はなかったかもしれません。

 

子供を守る第一歩は
子供の話にちゃんと耳を傾けることから始まります。

 

 

◆中学校3年生15歳の時の性的被害のあとの心

 

私はそれからというもの、一切相談というものができない子供になりました。「性」に関するあらゆる話は「NG」という雰囲気が昭和から引き続き何となくあり、母は亭主関白な父の事業を手伝いながら家事と弟誕生による産後育児をひとりでしていたので、おそらくそれだけで大変な時代だったと思われます。

 

 

中学生当時の自分にも、小学校の時と同様、自分の身に起こったことが「犯罪である」という判断はできず、母親に事実も伝えられなかったことから「警察へ被害届を出し、告発する」という事ももちろん思いつくことさえ出来ませんでした。

 

私を襲った外国人男性誘拐未遂犯と同じくそのまま野放しとなりました。大人になってから事の重大さ、つまりは、その後に同一人物たちによって別の女性、女の子が巻き込まれていたかもしれないという大きな罪悪感にもなりました。

 

 

15歳の時には、自宅から徒歩10分圏内で起こった事件だったことで、その後も相手がまだ引き続き近隣で生活をし続けているという恐怖も私の中では大きく、何年も背後をいつも気にするような日々が続きました。幸いそれから2度と会う事はなかったのですが、もし直後にばったり会っていたら、私は何かしらのパニックを起こしていたかもしれません。

 

◆中学生・高校生・大学生・成人しても、子供が相談できる親でいよう!コロナGWに親子で「性教育」に繋がるお話をしてみるのも!

 

今回は、コロナの時期にちょっと最後、重苦しい話になってしまいましたが、お子さんとせっかく長い時間をたくさん交流して過ごせるコロナ自宅待機コロナGWに親子で

 

「自分の身を守るための話」「お父さん、お母さんの若い頃の恋愛失敗談」などをお子さんにされてみてはいかがでしょうか。

自分の子供は
まず親の私が守るんだ

 

これが子供を事件から守り、被害を小さくする第一歩のような気がします。道から親がせっせと石を取り除くのではなくて、自ら石に注意できる視点を子供たちが身につけられるように促したり、たとえ転んでも命を落とすようなことがないような転び方をしっかり教えておく、それが子供を守る教育ではないかと思います。

 

また、転んでも転んでも立ち上がる力というのは、私たち親がいつも見守っていくことで、子供たちはつけていける気がします。
それは親の私たちしかできない、子供たちにとっても財産となる教育ではないでしょうか。

 

それではまた、お会いしましょう!

中野カンナ

 

 

■2019年『犯罪白書』のお話はこちら↓

2019年『犯罪白書』虐待児童15年で6倍。女性は子供を救えるか
2019年『犯罪白書』で報告された虐待児童数は、15年の間で6倍という数字に跳ね上がっているという事が分かりました。日本の社会問題「児童虐待」について女性と子供がなぜ追い込まれていくのか?考えていきます。

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