コロナ学校閉鎖で勉強できない受験生子供の学習力低下に悩む親急増?

◆子育てのはなし

今回は新型コロナウィルスの大流行の影響で学校が閉鎖され、中学校の授業も塾の講義も受けられていない我が子リアルな状況の申告と、高校受験が迫っている中で親としてどうすればいいの?という焦りの中、もう一度心をフラットにして、子供の受験や学習における原点、親が注意すべき事について私なりに考えてみました。

◆2020年4月後半 コロナウィルス~学校閉鎖・進学塾休校と我が家の受験生(娘)の堕落状況。高校受験どうするの?

 

こんにちは。中野カンナです。

 

コロナ大流行の状況が変わらなくても、時間だけは刻々と過ぎていきます。我が家には今度高校受験となる、中学3年生になった娘がいるのですが、学校、進学塾共に閉鎖休校状態が続いており、課題は出されているものの、小学校低学年の夏休みか!?というようなひどい堕落した暮らしぶりとなっています(;’∀’)

 

本音を言えば・・・。

たのむ。
べんきょうしてくれ~。

の一言。

 

あまりにも長い子供たちの学校休校状況に、我が家の娘が親の私が自宅で仕事をしていてもダラダラ・・・。通学型の義務教育がいかに子供の人間性心身の育成基礎力向上に対してよくできていたかを実感しつつあるこの頃です。はい。

 

 

チョットした我が子の人生の節目である「高校受験」だけを考えた場合、直前期の1月、2月は過去問や問題集をひたすらやるとして、インプットで知識を固めるのが年内12月までだとすると、4月末で単純に約3分の1が経過します。

 

がーん。

 

全国ではすでに授業再開している地区もある中、我が家のある東京都内では授業再開予定は5月7日・・・。しかしどう考えても、状況から言って、この日程での授業再開はかなり厳しいのではないかと思われます。

特に我が子の通う中学校は区内で最も大きい病院のほぼ隣(;’∀’)

 

受験親としては
かなり「焦り」を感じる現状です。

 

 

そして塾も閉鎖・・・。
偏差値50あるか怪しい我が子(;’∀’)

 

ネット上で授業を受ける態勢に・・・という事も一部では言われているようですし、不登校児童や体の不自由な児童たちとの格差をつくらない意味ではネットで授業配信という形態の方が将来的にはユニバーサルデザインでボーダレスなのかもしれませんけれども、

やっぱり我が子に関しては絶対に「通学型」がいいという事が分かりました。

 

子供に自由を与えても
そこには堕落の道しかないのが分かるw

 

ムスメちゃん
ムスメちゃん

食っちゃ寝&ネイルしてます。

 

 

◆2021年の高校受験は子どもの自立学習又は親の管理で完全に勝敗が決まる様相

 

2021年の高校受験に関して言えば、きっと、これを逆にチャンス!とばかりに受験で飛び抜けるために自立学習に励んでいる優秀なお子さんや基本的生活が全く乱れないご家庭もあるのかもしれません。

 

正直、

羨ましい限り・・・。

受験1点に関して言えば、本当に優秀な学校や少しでもいい学校を目指して努力できるお子さん、またはそれを徹底して管理できるご家庭にとっては、自立学習またはその管理さえできていれば、今年の受験は相当有利な運びとなりそうな気がします。

 

何故なら、我が家のような「完全受験負け組型」の「学習意欲堕落家庭」で伸び伸び暮らす子供が間違いなく一定数いるはずからです(涙)

 


※我が家の場合、泣いてるのは「私」で本人はのびのびしています。

 

我が家のようにずっと家族が自宅にいるにもかかわらず、それでも子供を管理できないホントすいません(;’∀’)な家庭だけでなく、仕事で子供たちの学習管理どころでないご家庭も多いはずですし、そうしたご家庭ではきっと休むわけにはいかない使命を抱えた仕事のストレス緊張感に加えて、子供の受験問題でも頭を抱えて親御さんは追い詰められているのではないかと心配になります。

 

想像以上の数のご家庭がおそらく子供の学習管理などできない状況であるはずの所を、限られた少数派の親御さんは子供をみっちり管理し、あるいはしっかり者の志あるお子さんだけは自立学習を実現しているんだろうな・・・などと妄想を膨らまします。

そういう意味では、

 

高校受験も
親の受験のような気がしてくる・・・(悩)

 

進学塾に入れていたのになぜ・・・。きっと、入会金振り込んだだけでは痩せないスポーツジムと同じことだと言い聞かせています・・・。(納得。)

 

けれども、女子テニスで活躍されている大坂なおみさんのご両親などは、子供を世界で通用するプレイヤーに育てるために確実なテニス練習量を消化させるため、子供たちの学校は「通信型」に絞って進学させていたという話もあります。

 

進路目的が
はっきりしているなら

むしろプラスなのかも。

 

でも、残念ながら我が家に関しては前述のような状況なもので、他力でないと頑張れないトモダチいないとやる気しない状況が顕著です。ちょっと今後の教育方針進学の方向性も考え直すべきかもしれないという気持ちに至るほどの堕落状況となっています(;’∀’)

これまで、いかに教育機関に「丸投げ」していたかがよく分かる構図となっています。(先生、今まで感謝が足りなくてごめんなさい・・・。)

 

 

我が家のの現在の状況はこちら。

 

●基本的生活リズムが完全に崩壊
勉強する意欲がそもそもない
●友達とラインで近況電話おしゃべり
●食っちゃ寝でかなり体重増量
●勉強よりもつくる事活動することが好きそう
●今がとてつもない時代の局面である事に微塵も気づいていない
●家族がいる、家がある、ご飯がある、平和である、勉強できるという事が娘にとっては「普通のこと」
●将来に対する危機感なし

 

ザ・末期。

 

め、めまいがする・・・。

 

色々と正直、親からするとツッコミどころ満載の娘の現状であるわけですが、それは私が「昭和~現代」までの人生で得た価値観からの判断に過ぎないということも、私は私で必死に自分へ言い聞かせています。

 

いかんせん、
価値観がぐわっと変わるタイミング。

 

◆子供に恨まれかねない毒親の価値観、正解・正義・正攻法のごり押し

 

子供との長い人生の旅の中で、親が最も避けなければならないことは、子供アイデンティティーを傷つけ、生きづらく弱らせてしまうことや、もしくは親として憎まれ恨まれるような人生に導くことじゃないかと主観ですが私は思います。

 

 

憎しみや恨みは
子どもを幸せから遠ざける。

 

これは昔の私の話ですが、実は私自身も幼少期から娘同様、あまり親のいうことをきく娘ではありませんでした。(血なのか・・・?)

 

例えば中学受験で私立の進学校に通わせてもらっておきながら、肝心の大学受験を目指す年頃になって美術大学受験を選択し、親にさんざんぱら大反対をされても粘り強く交渉をつづけ、結局、強行させてもらい親泣く、という光景がかつて我が家にはありました。

 

 

親は美術大学進学を大反対。

幸い、私の場合は結果オーライと言うべき結果となり、その後、もし普通大学へ行っていたら苦労していなかったかもしれない困難に遭遇しても、「自分の選んだ道」と親のせいにする余地はなく、概ね前向きに納得が出来てきたように思います。

 

 

それに、私自身の現在のコアを築いたのは大半は実際、美術大学での4年間でした。未だに「どぶに捨てた学費」と親からは不名誉な評価を受け続けていて、ちょっと個人的には不本意な状況ではありますが(苦笑)、

 

自分の人生としては親のいう事を聞いておけばよかった」的な想いは微塵もないですし、今となっては親の意向に添ってない進路を身銭切って歩ませてもらった事への感謝しかありません。

 

 

一方、私の高校時代の友人の少なくない人数はとても孝行娘であったことから親の望んだ進路や職業を選びました。中には奨学金を自分で払って、親の方針に従う子もいました。

 

その後、時代の価値観がじわじわと変わっていって、働き盛りとなった30代の頃にその職業や会社自体の価値が転落している、キャリアを考えるととても出産を選べないという考えてもみなかった代償を払ったケースがよくありました。

 

というか、団塊ジュニア世代はかなりの確率でそういう宿命にあった世代と言っても過言ではない気がします。

 

いい子にしていたのに!

親のいうことを聞いて、ずっとやりたいこともせずにイヤイヤひたすら好きでもない事を勉強し、その通りに進んできたのにも関わらず転んだという本人たちの失望感親に対する恨みつらみは意外と大きいものです。

 

また、数年前に奨学金をようやく払い終わったと同級生に言われた時には、私は目が飛び出る程ビックリして、その苦労の大きさを知りました。なんて自分は愚かな若年期だったのだろうと改めて思ったりもしました。

 

 

40になって
自分探し迷子も多数発生。

 

でも、おそらくはその当時、それが最善の選択(正義かつ正解)だと心から信じて子供のためを思って提案していたのでしょうし、

子供は子供でいくら自己責任と言っても、まだ将来を決められない程の未成熟な時期に、親からそう強く言われれば信じてしまうのも当然である気がします。

 

 

お互いがお互いを思い合って
双方が不幸になってしまったケースと言えます。

 

今となっては私にも両者の気持ちが分かるので、それってとても切ないことだよなあ…と思います。

が。

2020年、今のタイミングというのはこれまたまさに同じようなシーンが繰り返される状況なのでは??とふと思いました。

 

 

何故なら、まだ
誰にも正攻法が分からない時代へ
私たちは突入したからです。

 

 

◆親の言葉は、二種類の価値観が混在している状況で伝えられがちである

 

さて、我が家の希望の星であるはというと、こんな軟弱な母親の子供に生まれた割に、メチャメチャポジティブ思考であり、「明るさと人との協和性が異常に高い ザ・健康優良児」という最強の特技を持っています。

 

ムスメちゃん
ムスメちゃん

オサレなパンケーキが食べたーい。

 

ミーハーすぎる趣味と、コツコツが苦手で勉強すると眠くなる、食べると眠くなる、めんどくさい話や説教を聞くと眠くなる、とにかくやたら眠くなる・・・という所が目につきますが(笑)、母親にはない大きな財産を持っていることも確か。

 

中野カンナ
中野カンナ

完全に離婚したパパの遺伝子w。

 

思い出しました。

そうそう、ちょっとしたことではグラグラしないこうした生命力あふれる性質に惹かれて、私は元旦那さんと結婚を決めたのでしたが、その遺伝子は娘に立派に受け継がれていましたw

 

最高の宝です。

 

 

私は性質的に、これまで人生でたくさん転んできたこともあって、一歩先の危機とか「最悪のケース」を常に先に想定して生きるという事が生活習慣病のようになっているところがあります。つまり、もう少し彼ら(娘・元夫)よりちまちました性質。

 

けれども、『幸せを恐れるものは幸せになれない。』ではありませんが、そういうちまちましたせっかちな性格というのは、

今の幸せが整うとそれを十分に噛みしめることなく、すぐに次の不安への対策を開始し始めるような習性があるのです。最近はもう私は特に急ぐこともないのだから、急ぐなと自分に言い聞かせるようにしています。(昔は自分の事も誰かの事も待つ力がなくて、突進していっていましたw)

 

なもので、うちの娘のような純粋に無敵にただただ明るいというのも、(シダ類の私にはあまりない感性なので思うことですが)それはそれで大きな幸福力のある宝物のような素質である気がします。

 

こんな時期に
明るくゲラゲラ笑っていられる
なんてこと自体が

まばゆい大きな才能。

(天才かと思うw)

 

 

学校の休校が決まった最初の頃は、受験が1日また1日・・・と迫っているにも関わらず、日ごとに明らかに堕落していくに、ついつい「しっかりしなさい」「勉強は・・・?」と聞いてしまいがちでしたが、それも現在は心を鬼にして概ねやめました。

 

しっかり受験勉強すること
=いいコト

 

というもの自体が、もう過去の価値観かもしれないからです。それに、嫌がっているものを我が子とはいえ強要し続けるのは私自身も消耗します。勉強って、ちゃんとやったらすごくオモシロいと思うんだけどな・・・。

 

でも、娘は勉強キライ。

 

◆娘とのふたつの約束・誰のための受験で勉強なのか?子供の幸せと親の安心・充足感

 

そんなことから、ふたつだけ約束をして、の学習問題からはもう私は卒業しよう!という気持ちになりました。その約束というのがこちら。

 

1日ひとつ、家族のために自分ができることを考えて実行すること
家族で夕飯を食べること

 

これを決めてから、はバルコニーの植木の水やりをしたり、家の中のすべての取っ手をアルコール除菌したり、お風呂を洗う、食器を洗うなど、毎日1つだけ家族のことをやっています。

 

最初はこれもイヤイヤやっていましたが、コレをできなければ学歴どころの話ではなく、いい仕事だって当然できないし、社会でやっていけないし、何より自分もしあわせになれないということがほぼ確定すると思いましたので(笑)、我が家では何よりもの必達事項としています(笑)。

 

その日の仕事が終わると、解放されたようなスッキリした顔をしています。たとえ勉強をしなくても、今日の自分に〇をあげられる作業になっています。

 

 

勿論、母親という立場での本音ではたくさん勉強して受験をスムーズに切り抜け、できれば専門的な知識や技術を手に入れて、社会のために働いていって欲しい、というものがあります。母親の私にとって、最も安心する道です。

 

ですが、
私の安心のために

娘は大きな財産を壊す可能性がある。

 

そんな風にも言い聞かせながら、「待つ」ということを母業としてやることにしました。やっぱりここでも「安心」「安定」「安全」は最も高くつく買い物となりそうです。

 

「安心」「安定」「安全」は最も高くつく買い物というお話はこちらでしています↓

新型コロナウィルスが教える~国家・個人の自立と意思選択の重要性
「新型コロナウィルス」の世界的大流行から、国家や個人の自立と意思選択の重要性について私がここ数週間考えていたことをユルく、でもアツく語っていきます。

 

◆子供にとって、本当の財産・宝物は何か?

 

未来に対する危機感も勉強の必要性も感じていないに「勉強をさせる」には、今現在の日本や世界が直面しているコロナ問題、それが起こしている破壊的な現状悲壮感ある未来予測について、まだ起こっていないことまでをとうとうと恐怖を抱かせるように話すですとか

 

あるいは、勉強することの意義といった類の、子供にはこれっぽっちも実感のわかないであろう話をして行動に移すべく「説得」するしかありません。昭和の雷親父ならできたかもしれませんが、私がやったら娘はたぶん即寝ます(爆)

 

爺

今となっては完全に戦力外の元昭和の雷親父→

 

でも、現在のコロナ蔓延の世界状況に対し、大人の私達でも、ふと気が緩めれば未来を悲観して精神的にダメージを負っている人がどんどん増えてきています。

 

私は人生で「鬱」を一度経験しているので、「希望が何一つ見えなくなる病」である精神的な病気は、最も怖い病気だと知っています。

 

 

そんな中、我が子に関しては無知のなせる業かもしれませんが(笑)、今のところ、家庭の中で飛び切り元気でサンサンと輝く太陽のようです。絶好調ではありませんか(笑)。

 

危機感よりも
元気の方が大事。

 

全く家族からはこれまた評価されていない性質ではありますが、私は娘のそんな性質はとても大きな財産だよなあ、という気持ちにある日なりました。あまり目立って役に立ってはいない食っちゃ寝プー太郎のようなではありますが、今現在、娘ののんきで柔らかなトークに祖父母(私の両親)も含め、毎日食卓は家族の笑いでいっぱいです。

 

何よりでは??

危機感や悲壮感などは、大人が時代を読み間違えない程度に最低限持っていればいいのです。

 

 

そして、すでにこの時点(中学生)で本人の興味から外れていることを無理に強要したところで、突然変異のように、その世界が広がっていくという事もチョット正直もう考えにくいのではないか?と思い始めました。子供だってこの年齢になれば、もう立派な「人」であって、自分の意志でしか変われないのです。

 

興味こそ富

きっと、勉強に興味が持てない半分は、母親である私が娘の幼少期に興味の種となる体験を殆どさせてやれなかったことも理由だという反省もあったりします。

 

ただ、これも言い訳のようですけれども私自身、離婚からの数年は色々な意味で「生命を継続させる」ことが最も大きな課題だったので、それをきちんと実現させるために仕事以外の事について、特に色々とこだわりだしたら際限のない子供については「元気に生きていればOK」という〇を自分自身にあげていました。

 

産後鬱~離婚後の精神との闘いについてはこちら↓

産後鬱~精神病院・心療内科へ離婚前後の梅核気こころの回復の死闘
産後鬱から梅核気を起こすほどの精神的こころの病や心療内科、精神病院へ通院する経験、私に起こった「幸せが見えなくなる」心の問題の諸症状と現在に至る回復までの経緯、その際に通った各病院の事について治療方針や感想なども含めてお話しています。

 

興味が広がれば、それがたとえ目の前の現金に繋がらなくても世界の美しさや面白さに触れられる富になる、だから勉強をしてその興味の土台を広げて欲しい、そんな風に理想としては思っていました。

だけど、よくよく考えてみると、本当に面白いことは意外と教科書には載っていないことかもしれません

 

 

◆映画翻訳家・戸田奈津子さんが語る俳優ジム・キャリーの話。『あなたの才能は親が心配するようなことの中にあるかもしれない』

 

また、日本の有名な映画翻訳家の戸田奈津子さんは、こんなことを過去インタビューでお話されています。私の中で、とても心に残っていたお話だったので、探してみたところ、見つけることが出来ました。

 


画像:http://blog.livedoor.jp/toyofumi91/archives/36537977.html

 

顔面術で有名なジム・キャリーは、皮膚がゴムのように自由に動くのですが、子どものころから、暇さえあればバスルームで百面相をしていたのです。親は心配して、『止めろ』と注意しました。でも彼は止めなかった。(中略)
『あなたの才能は親が心配するようなことの中にあるかもしれない』

引用元:転職×天職ナビ

 


画像:https://cinemagene.com/post-12462/

 

誰にでも
子供の頃に好きだったことはあるはず。

たとえ、くだらないことでも
それが才能かもしれない。

 

そう、戸田奈津子さんは「好きなこと」を見つけられない若者たちへ言葉を添えています。

 

そういう意味では、好きなことがあるということ自体が未来を拓くカギであり、大きな希望です。多くの日本の若い人が「やりたいこと」「好きなこと」が見つけられないまま、大人になる時代が長く続いていましたが、これからはそれらを見つけ、生き方として選ぶことができる時代なのかもしれません。

 

 

その時に
必要なものは

学歴ではないかもしれない。

 

 

◆中学三年生・受験生の親が考える子供の学力・学歴についての心配事。本当に必要な力って何だろう?

 

もちろん葛藤もあります。

いい学校に入らないと社会に出てから困るのではないか??仕事に困るのではないか?結婚の妨げになるのではないか?そうしたら私は抱けないじゃないか!

 

 

いろいろとパッと思い浮かぶことをこうして考えてみたのですが、正直、いい学校に入ったことで確実に満たされるのは母親である私が「母親として責務を果たしたような気がして何となく安心」という充足感だけであって、

 

私の時代であっても東大に進学後、自宅で母親に言われるまま縄跳びを飛び続けるだけの人になってしまった人がいたり、優秀な大学を卒業した人がリストラに遭って失業したりということはありました。

 

そう考えると本来、転ぶのは当たり前であって、転んでも転んでも立ち上がる元気と、闘い続けることを止めない信念の方がよっぽど大事なのかもしれません。

 

ツラいのに立ち上がるには
エネルギーがいる。

 

そのエネルギーの元となる事こそ、大事にしなければならないのだろうと思います。

 

ムスメちゃん
ムスメちゃん

みてみてー。

 

闘い続ける信念は、「好きなこと」「夢中なこと」「使命感」であるからこそ持てる特別な想いなのかもしれません。

 

娘が何かを見つける日を
信じて待つ。

 

もう親としては子供の人生が自分のものでないことを、こういうタイミングで知っていくしかないのかもしれないと言い聞かせて、最近の私は暮らしています。

 

中野カンナ
中野カンナ

ニンニンでござる。

 

無理強いすると、今現在持っている最も価値ある素質を壊してしまう可能性も考えられます。学力はどうしてもというのなら後から強制的に上げることもできるかもしれませんが、素質の方を壊してしまったら、そちらの回復には方法がありません。

 

 

義務教育がもうすぐ終わる。あとの勉強は本人がやりたいと思った時にやればいい。時代の「正攻法」はきっと、いつも時代を終えた人が気づくこと。

 

 

◆親が子供に対して話をするときに意識すべきことは?

 

私が思うに、親も子供自身も親子間の話で意識しなければならないことは、次の二つをきちんと分けて取り扱う事のような気がしてます。

 

●時代が移り変わっても変わらない普遍的な人間としての学び、教え

●単に親個人が経験したその時代特有の経験談、助言

 

この二つが同時に同じから断続的に出てくることで、子供はその話が「ある時代にとって有効だったこと」なのか「普遍的に落とし込むべきこと」なのか混乱します。

 

子供は親は正しいと
全部鵜呑みにしてしまう生き物。

 

 

また、この線引きを親側が常に「この子が生きる新しい時代には、正攻法ではないかもしれない」といつも気にかけて発信することが「恨まれない親」になるためには大事である気がしてます。

 

わたしが思う幸せと
この子が描く幸せのカタチは
きっとちがう。

 

それではまたお会いしましょう!

中野カンナ

 

 

コロナ離婚が多発しそうですが、私の離婚から現在までの心境の変化について書いていますので宜しければご参考になさってください↓

怒りの感情は変化する~離婚から現在の元夫や家庭への気持ちの変遷
離婚前後の夫婦に起こった怒りの感情の修羅場と現在の幸福感、元夫や家庭というものへの気持ちの変化、経緯についてつらつらと書きました。

 

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